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糖尿病治療の落とし穴

      2015/12/19

糖尿病治療の落とし穴

飲み薬でも、低血糖は起こっている
糖尿病の患者さん、Bさんが転院してきました。初めての診察でいろいろお話を聞くうちに、「夜中に、ちょくちょく胸が痛くて、困るんですよねえ」と言われます。聴診器を胸に当てましたが異常はありません。心電図をとってみても、やはり異常なし。レントゲン撮影でも異常は見つかりません。
しかし糖尿病の患者さんが胸が痛いというときは、狭心症の可能性があります。循環器の専門の医師に診てもらってはどうかとすすめると、Bさん自身、かなりの痛みで不安があったとのことで、すぐに受診を決められました。
そして町の基幹病院の循環器の医師を受診したところ、狭心症の疑いが強いとして、入院となりました。しかしカテーテル検査をして、心臓の冠動脈を調べましたが異常はなく、結局は原因不明の胸痛との診断で退院。私の外来に戻られました。
そこで、考えたのは低血糖の可能性です。ご家族の協力を得て、Bさんに午前3時に起きてもらい、血糖値を測定してもらいました。翌日外来で測定値を聞くと、35mg/dlと、とても低い血糖値でした。やはり低血糖だったのです。
低血糖とは、血液中のブドウ糖濃度が低くなりすぎた状態です。血糖値がどのくらいだと低血糖というかの厳密な定義はありませんが、血糖値が50?60mg/dlくらいになると、体に不都合な状態になります。そしてさまざまな症状が出て、重症になると死にも至ることのある重大な問題です。糖尿病でインスリン注射の治療を受けている人は「低血糖になるおそれがあるので、注意してください」と言われていると思いますが、低血糖になるのはインスリン注射をしている場合だけではありません。糖尿病治療を受けているときは、飲み薬であっても、低血糖のおそれがあります。
低血糖になると、体がぶるぶる震えたり、汗が吹き出たり、心臓がどきどきしたり、お腹がとてもすいたりして、かなりわかりやすい症状が出ると思っている人が多いでしょう。
しかし、胸が痛む、気持ちが落ち込むなどの、低血糖と無関係に思えるような症状も出るのです。
Bさんの場合がそうです。そこで、これは糖尿病の薬が効きすぎての低血糖に違いないと確信し、十分に説明をして、いったん、すべての薬を中止しました。すると胸痛は、きれいになくなりました。その後、血糖値が上昇してきたため、弱い薬を調合しました。以後、その緩やかな血糖値コントロールを続け、ヘモグロビンAlc6・0%くらいの、よい状態が続いています。Bさんのように糖尿病の治療で、血糖値コントロールを「優」のヘモグロビンAlc5・8%に近づけようとして、強い薬を出されていると、知らず知らずのうちに低血糖が起きていることがあり、さまざまな症状が出てしまうことがあります。
特に中高年の女性は、まじめで、医者のいうことを忠実に守る人が多く、結果として低血糖を起こしたり、あるいは低血糖とまではいえなくても、その人にとっては血糖値が下がりすぎていて症状が出ていたりする場合もあります。しかし、患者さんからすれば、自分では何かおかしいと思っていても、医者の前では言い出せないこともあります。あるいは、例えば気持ちが落ち込んで、気力がないなどという場合は、自分でも低血糖が原因とは思えないこともあります。そこで医者には言わないことがままありますし、しかも医者に相談しても、多くの場合、更年期だからとかストレスのせいとか、うつっぽいのでは、というふうに片付けられ、相手にされません。それどころか精神科を受診するよう指導される場合もあります。
しかし糖尿病の治療に使われている薬は、インスリン注射だけでなく、どの薬であっても低血糖を起こすことがあるのです。これは糖尿病患者さんには、ぜひとも覚えておいていただきたいことです。医者の側で言えば、糖尿病治療では患者さんの状態に気を配り、常に薬の効きすぎによる低血糖を疑うことが必要ですし、その診断に応じて、薬を減らすタイミングを見つけることはとても大切だと思うのです。

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気がつかない低血糖が、高血糖を引き起こす!?

Cさんも、低血糖の症状に苦しんだ1人です。
Cさんが外来にやってきたとき、すでにほかの病院で10年以上の糖尿病治療を受けていました。しかしなかなか血糖値コントロールがうまくいかず、徐々に薬が増えていったとのことです。ところが薬が増えてくるにつれ、体がだるく、気分が落ち込むようになりました。しかし当時の主治医に相談しても、怒られるばかりで、食事と運動をきちんと守っていないからだ、とさらに指導されたとのこと。挙句の果てに、けんか別れのようになって、転院してきたのでした。
Cさんの血糖値のレペルは確かに重症に位置していました。糖尿病の薬を増やしてきたのに血糖値は下がっていないばかりか、症状が重くなっていたのです。まじめな方で、食事指導も守っているし、運動もかなりしています。だるさや精神的な辛い症状を起こしているのは、薬が引き起こしている低血糖に間違いないだろうと考えられました。即座に、まずは薬を減らすことを提案し、受け入れてもらいました。同時に、家庭で、自分で血糖値を測定することもお願いしました。
食前、食後、午前O時、そして午前3時に血糖値を測っていただくと、案の定、血糖値が下がりすぎている時間帯がありましたので、薬をどんどん減らし、こまめに外来に来ていただくことにしたのです。すると、だるさや気分の落ち込みなどの症状はみるみるなくなっていきました。しばらくしてからまた自宅で血糖値を測っていただくと、低血糖を起こさなくなっていました。そしてCさんの血糖値は徐々に落ち着き、最終的には正常化したのです。現在では、Cさんは、一日1万5000歩を歩く運動を中心に血糖値コントロールをしていて、糖尿病の薬なしで、血糖値は正常植となっています。精神的な落ち込みはなくなり、元気に暮らしています。
このCさんの場合でわかるように、低血糖はその症状が問題なだけではありません。血糖値コントロールに影響するという非常に重大な問題を持っているのです。
低血糖になると、体はこれに対抗して、副腎からエピネフリンというホルモンが、膵臓からグルカゴンというホルモンが急速に分泌され、血液中に送り込まれます。これらのホルモンは血糖値を上げる働きがあるので、急に血糖値が高くなる時間帯がっくり出されてしまいます。つまり、低血糖の反動で高血糖になるときがあって、血糖値コントロールが狂わされてしまうのです。そこで薬を出しても血糖値コントロールがうまくいかない、だからもっと強い薬が必要だとなって、悪循環を繰り返してしまうことになります。
では知らず知らずに起こっている、気づかない低血糖というのは、いったいどのくらい起きているのでしょう。
イギリスのマックナリー博士らは、インスリン注射をしている糖尿病患者さんの低血糖を研究し、2007年に報告しています。この研究ではインスリン注射での治療を受けている患者さん160人に連続糖測定装置をつけてもらい、24時間モニターしました。この研究で使用した装置は、皮下の間質の糖濃度を測るもので、厳密には血糖とは異なっていますが、おおむね血糖と相関することがわかっていますので、ここでは「血糖」と記載します。モニターの結果わかったのは、夜間に起きる気づかない低血糖がとても多いことでした。自分で感じている低血糖は昼間に多いのですが、自覚しない、つまり気がつかない低血糖は日中よりも夜間に多く、例えば朝5時の段階では、気がつかない低血糖が100倍も起きていたのです。

24時間糖調査

24時間糖調査

報告書では、2型糖尿病では夜間の低血糖は起きにくいとされていたが、事実は逆だと、指摘しています。
この事実からも、治療中の患者さんにどれだけ低血糖が起きているか、医者がきちんと知ることは難しいし、それだけに重要だと痛感します。血糖値コントロールがよいとされている患者さんであっても、血糖値を24時間連続で測定して、低血糖を確認する必要があるでしょう。現状では、低血糖が起きていると考えられる患者さんに、夜中に起きてもらって測定してもらいますが、これには限界もあると感じています。
海外では、すでに24時間血糖値を連続で測定する装匿があり、気がつかないうちに起こる低血糖を発見する点でも威力を発揮しています。残念ながら日本では保険診療として認められておらず、少数の医師が研究目的で、海外から自費購入しているだけの状況です。
こうした装置が、一般の臨床でも使えるようになってほしいと思います。

低血糖は心臓にも悪影響、突然死も招く

気づかない低血糖を見つけ、それを改善したいのは、心臓への影響もあるからです。
アメリカのチューレン大学のフオンセカ博士は、低血糖がどのくらいの頻度で起きるのか、そして低血糖が起きたとき、どのくらいの頻度で心臓の症状が出るのかを検討し、2003年に報告しています(Diabetes Care 2003 ; 26 : 1 485‐ 1 489)。これは、糖尿病でインスリン治療中の19人の、心臓が悪い患者さんに対して、24時間連続で糖を測定する研究で、この場合も間質糖を測る装置を用いています。
結果としては一人あたり1日平均1回、血糖値が低すぎる状態が発見され、その低血糖に合わせて胸痛などの症状が出ていましたが、血糖値が高すぎたり、正常だったりした場合には胸痛の症状はほとんど検出されませんでした。つまり、低血糖が心臓に悪影響を及ぼすことを証明したのです。
この研究では、心臓にすでに問題のある人の場合、インスリン治療によって血糖値を正常に近い状態にコントロールしようとするとき、特段に低血糖に注意が必要であると警鐘を鳴らしています。また、計測された低血糖54回のうち、28回は症状がない、つまり気がつかない低血糖でした。そしてこの症状のない28回の低血糖中にも、心電図の検査では、2回も心臓に悪影響があったのです。本人が気づかないところで、心臓は悪影響を受けてしまっていたというわけです。
知らず知らずの間に起きている低血糖が、胸痛や、うつや、落ち込み、疲れなどの症状を起こす場合も問題ですが、一切の症状を起こさない場合にはつかまえどころがありませんし、症状がないにもかかわらず、実は心電図に変化が現れるほど、心臓に甚大なる悪影響を与えている場合もありうることが示された、このことには心してあたらなくてはならないでしょう。
さて、糖尿病治療中の低血糖が起こる実態や、こうした心臓への影響などを考え合わせる中から、 1つ前のページでご紹介したアコード試験の「血糖値を厳しくコントロールすると、死亡率が高くなった」という、その原因を探ることができると私は考えています。
アコード試験では、血糖値コントロールを厳格にしてヘモグロビンAlcを6・0%未満に正常化させるグループと、比較的緩やかなコントロールでヘモグロビンAlcを7・0?7・9%にしたグループとを比較し、血糖値を厳格に下げたグループのほうが、22%も死亡率が高くなったという結果が出ました。
厳しいコントロールをするグループの患者さんは、最初の4ヵ月間、毎月外来診察を受け、ヘモグロビンAlcを6・0%未満に下げるよう治療され、その後は2ヵ月おきに受診しました。緩やかなコントロールのグループの患者さんは、最初から2ヵ月おきに外来を受診しました。
治療法としては血糖値を下げる飲み薬とインスリンとの併用は可能でした。患者さんたちのヘモグロビンAlcは平均で8・2%でしたから、厳しいコントロールでは、4ヵ月で2%以上もヘモグロビンAlcを下げる必要があるわけで、飲み薬も強い調合になったでしょうし、インスリンを使うケースが多くなります。実際、このグループの人の77・3%はインスリンを使いました。
厳しいコントロールの患者さんたちは緩やかな血糖値コントロールのグループに比べて、気づかない低血糖が起きる割合は格段に大きくなったと考えられます。そこで気づかない小さな低血糖による心臓へのストレスが蓄積し、その結果として、突然死につながったということが推察されます。実際、アコード試験の報告書では、死亡率が高くなったその死因は心筋梗塞などの心血管疾患によるとしていることが、その裏付けと言えます。
逆に、血糖値をむしろ高めと思われるところにコントロールしたグループでは、患者さんが気づかないで起きる低血糖が起きにくく、結果としては、血糖値が上がったための悪影響はあるものの、むしろ低血糖による悪影響よりはましだったわけです。そこで、最終的には死亡率が低くなったと考えられます。

やっぱり緩やかな血糖値コントロールが大切だった

考えてみると、アコード試験の厳格に正常化する血糖値コントロールは、そのやり方に問題があったということになります。というのも、第三章でも触れましたが「アドバンス試験」というオーストラリアの研究があって、これも血糖値を正常化するグループと緩やかな血糖値コントロールのグループを比較していますが、この研究では正常化したグループでも死亡率は上がらなかったのです。
両者の違いは何かというと、インスリンの使用です。アコード試験では、血糖値を正常化しようとしたグループでは、77・3%がインスリンを使用、アドバンス試験では、41%しかインスリンを使わなかったのです。このことから、血糖値を下げる薬の使い方の違いに、結果の相違の原因を求めることができるでしょう。
つまり、正常の血糖値を求めるあまり、血糖値を下げる最強の薬であるインスリンを増量していくと、患者さんの気づかない低血糖が起きる頻度が高まり、それが心臓へ負担をかけ、最終的には死へと至らしめると考えられます。
一方、血糖値の正常化を求めることは同じでも、効果がやや弱い飲み薬の増量で行うと、気づかない低血糖が起こる頻度は、インスリン使用の場合に比べると少ないので、心臓への負担は少なく、したがって死亡率が高まることはないようなのです。ただし、死亡率が高まることはなくても、減ることもない。実際、アドバンス試験の結果もそうでした。つまり、血糖値を正常化しようという、人体にとってよい効果は、気づかない低血糖の頻度が高まると相殺されてしまうと思われます。
結論として言えるのは次のようなことだと思います。
血糖値の正常化は大切です。しかし、現在使われている糖尿病の薬には限界があり、血糖値を正常化しようとすると、どうしてもある程度の低血糖が起きるおそれがあります。
そこで、弱めの、緩やかな血糖値コントロールをしておいたほうが、低血糖の弊害を避けるためにはよいでしょう、特に、すでに心臓に悪い状態がある人、あるいは高血圧、高脂血症、肥満、喫煙という心血管疾患のリスクが高い人たちは、無理やりに厳しいコントロールで血糖値を下げるべきではないでしょう、ということです。具体的には心血管疾患のリスクの高い人たちは、できるだけ弱い薬を処方したいし、しかしそれでは血糖値の正常化とは程遠くなってしまうので、インスリンを使用する必要があるケースも当然あるけれども、その場合でも、緩めのコントロールが求められることになります。
もちろん理想的な薬が出てきて、血糖値が正常に近い状態となり、かつ、低血糖も起こさないということになれば、人類にとっては一番よい結果となります。しかし糖尿病の薬とは、そもそも体に無理をかけてでも血糖値を下げる、というものであるのに対し、人間が食事で摂るカロリーは毎回違いますから、注意深くしていても血糖値が下がりすぎてしまう、低血糖は避けられないことでもあるのです。
ただし、薬の研究は進んでいます。アコード試験の中では、ある薬を使用した人たちは、死亡率が75%も低下したことが知られています(『ニューヨーク・タイムズ』紙2008年8月5日付)。これは、インスリンの働きを高めるホルモンの一種であるGLPー1と呼ばれる薬です。この薬は、血糖値が下がってくると自然に効果がなくなるというもので、低血糖は起こしにくい薬です。また、体重を減少させる作用もありますから、とても効果の期待できる糖尿病治療薬だと思います。
同じようなタイプの薬は、まもなく日本でも使えるようになるようで、2010年には、リラグルチドという薬の発売が予定されています。
ここまで、「心血管疾患のリスクの高い人は、緩やかな血糖値コントロールで」と再三、説明してきました。それでは、心臓に問題がない人の場合、あるいは肥満も、高血圧も、高脂血症もなく、喫煙もしない人の場合、つまり糖尿病だけの人の治療についてはどう考えたらよいのでしょう。
実は、この問題を解くのはとても難しいのです。1万人を調べたアコード試験ですら、研究には3億ドル(約300億円)かかったとされています。糖尿病で心血管疾患のリスクのない人は少ないので、答えを探すには10万人規模の研究が必要と思われます。ということは3000億円もの費用がかかることになります。
それほどの巨額の資金をかけて、心血管疾患のリスクのない人の血糖値を正常化したほうがいいのか、それともまあまあの血糖値コントロールでいいのかを決める意義があるのか、という問題にも行き当たります。しかも結果によっては、新たな問題が出現する可能性があり、結論は先送りということにもなりかねません。現実的には、現在の情報から判断するということになります。すると、糖尿病だけがあって心臓は丈夫であると考えられる人でも、気づかない低血糖の心臓への悪影響を考え、常に緩めの血糖値コントロールを考えていくのがよいと思われます。
やはり、常に忘れてならないのは、アコード試験でも、そのほかの試験でも、その研究過程で死に至った可能性のある患者さんがいたことです。それを忘れず、私たちはこれからどんな研究をすべきか、何を追究すべきかを、きちんと考えていく必要があるでしょう。

糖尿病は循環器の医師に診せなさい

心筋梗塞を防ぐために最善を尽くす
糖尿病というと、「糖尿病網膜症」「糖尿病腎症」「糖尿病神経障害」の三大合併症ばかりがおそろしいこと、こわいことと強調されます。もちろん、目が見えなくなったり、神経障害が出たり、腎臓が悪くなるのはとても困ったことです。
しかし、糖尿病予備軍のときから進行するといわれる大血管の問題、「動脈硬化」は、直接命にかかわる問題であるにもかかわらず、なおざりにされがちです。実際、糖尿病患者さんの死因では「心血管疾患」は26・8%にもなっています。
ですから私は、糖尿病患者さんの治療では、動脈硬化を食い止め、脳梗塞、狭心症や心筋梗塞を防ぐことを第一課題としています。そのために、血糖値だけでなく、コレステロール、血圧を一緒に管理します。悪玉コレステロールは薬で抑え込む、血圧は減塩食と運動でコントロールするよう患者さんにすすめています。
もう一つ心筋梗塞予防で、私が取り組んでいるのが、心電図の所見を重要視することです。糖尿病患者さんの場合、無痛性心筋梗塞という言葉があるくらい、痛みがない、つまり、自覚症状のない心筋梗塞が現れることがあるので要注意なのです。
私が一番驚いた症例は、「インスリン注射をしているのだが、これをやめたいので相談にのってほしい」と来院されたDさんのケースです。このとき、全身検査をしたところ、すでに心筋梗塞が過去に起きてしまっており、その心筋梗塞が起きた部分の筋肉が壊死してこぶのようになっていたのでした。
そのままではこぶが破れて突然死のおそれがあり、そうでなくても心臓の働きが悪くなる心不全になったり、こぶのために血の塊(血栓)ができてしまったりすることもあるので、すぐに手術が必要な状況でした。早急に手術を求められるほど心臓が悪いのに、なんの痛みもなく大工の仕事を続けていたのですから、症状がないということはおそろしいことです。このDさんは、すぐに専門病院で手術を受け、今でも元気に働いています。
とにかく、糖尿病の患者さんには、私は、まずは心臓の病気はないか、大丈夫かという視点で接するようにしています。朝方にちょっとした動悸があったと聞いたら、すぐにでも「24時間心電図」検査をします。夜間眠っているときには、脈が遠くなる時間帯があり、そのとき、心臓が悪い人は心筋梗塞になるかどうかの兆候が出るのです。これを頼りにして、心臓の病気を見つけることができます。病気を見つけたときは、すぐに循環器の先生に紹介します。証拠がありますから、患者さんの説得も比較的容易です。「24時間の心電図の、この時間で、心臓が悪いという兆候が出ましたよ。すぐに循環器の専門の先生のところで診てもらうことが必要です」と説明すると、患者さんに拒否されたケースは一例もありませんでした。循環器の先生への紹介もスムーズですし、循環器の先生も治療に専念しやすいということになります。
私の外来では、この方法で心筋梗塞を未然に防いでいますから、糖尿病の患者さんで心筋梗塞になった人はわずか2例です。
糖尿病ではありませんでしたが、反省を要する例として万人の患者さんをご紹介します。肥満で、高血圧の患者さんです。血圧管理もきちんとしていましたが、その日は午前4時から5時ごろに胸の裂けるような痛みがあったが、少し落ち着いたというので午前8時30分の朝の外来に来られたのです。
来院時には痛みが取れていましたが、その訴えで心筋梗塞があったことは間違いないと判断できましたので、即座に専門病院に送りました。その日のうちの処置で事なきを得ました。結果オーライといえばそうなりますが、私の反省としては、この方には、悪玉コレステロールを下げる薬を投与しておらず、24時間心電図検査も一度もしていないことでした。加えて、この患者さんはヘビースモーカーでした。ふだんの血液検査では、わずかな悪玉コレステロールの上昇しか認められませんでしたが、悪玉コレステロールを下げるスタチンを投与していい症例だったと思います。
このときから、糖尿病ではない患者さんでも、悪玉コレステロール値を抑え込むことには以前よりも熱心に取り組み、そして24時間心電図検査のすすめを敢行するようにしています。
後に、この患者さんは禁煙補助剤チャンピックスを使って、禁煙に成功し、スタチンのおかげで悪玉コレステロールを下げることにも成功しており、心臓の状態は落ち着いています。

24時間心電図検査を積極的に活用する

患者さんを診るということは、命がけともいえるものです。たとえ一人の患者さんでも心筋梗塞で命を失うということになれば、患者さん本人にはもちろん、その家族にも申し開きが立ちませんし、医師としてやっていく価値がないと思うのです。開業の医師として臨床をしていくということは、最も高い医療基準は何かを探し求め、そして、その医療基準に行き着くようにすることだと思います。そして、自分以外の医師が診ていたら助かったのに、などという反省がないよう、努力することにほかなりません。
心臓への注意はしすぎということはないと思います。胸痛といった症状がない、あるいは、症状としてはきわめて軽微であるときに、患者さんに24時間心電図の検査をすることはとても難しいので、外来で患者さんに会うたびに、念入りに心臓の症状について聞くようにしています。すると、そういえば動悸があったとか、胸が少しちくっと痛かったことがあるとか、そうした問題を早くに把握することができます。
私が心臓の検査に積極的で、しかし患者さんは検査をしたくないというときは、検査を受けずにすむように、患者さんが食事療法をがんばったり、運動を一生懸命にしたりという効果も現れます。いずれにしても医者の熱意は必ず患者さんに伝わるものだと思います。
だから、目の前の患者さんが、知らない間に心筋梗塞になっていたり、心臓にこぶができていたりということが絶対にないように避けていきたいと強く心に思って診療にあたっています。
また、タバコは心筋梗塞のリスクとなるので、スモーカーの患者さんにはより注意をします。近親者に心筋梗塞の方がいた場合も、サーベイランス(監視)が必要です。これらにあてはまる人で、血糖値のコントロールもそれほどよくなく、悪玉コレステロール値もいま一つ、血圧も上がりぎみということになると、これは絶対、心臓に何かありそうだ、と思うわけです。機会を捉えて、心臓の話をし、少しの動悸でもあったなら24時間心電図に応じていただける可能性を追求していきます。
一度心筋梗塞になれば、その場で亡くなる確率は15%といわれていますから、危険は絶対にない24時間心電図検査を一回するのは、利益が不利益を上回ると確信しています。
24時間心電図検査と聞くと、入院が必要だなどと思われる向きもありますが、実は、これは外来でできる簡便な検査です。心電図をとる機器を胸に取り付けて家に帰り、その日にできないことといえば、風呂に入れないということぐらいで、その次の同じくらいの時間に機器をはずしに外来に来てもらうだけですみます。
一回の検査が1万5000円、自己負担が3割なら4500円となります。これを高いと見るのか、道理に適った費用と見るのかは、意見が分かれるところだと思います。ただ、一人の人の命はお金には代えられないことはいうまでもありません。
心臓が悪いかどうかを見極める検査には、運動で心肺負荷をかけて心電図をとるトレッドミル、心臓に行く血流を見る核医学検査などもあります。これらは心臓が悪いかどうかをかなり正確に診断できますが、一方で運動による心臓病の誘発という事態がありうるので、危険がまったくないわけではありません。入り口の検査としては、24時間心電図は、安全性の面から強く推奨されると思います。また最近では、冠動脈CTという機械も登場し、心筋梗塞予防に一役買っています。これも積極的に使用していい装置だと思います。
血液の検査でも、心筋梗塞の発症予想ができるような、より優れた指標があればそれに越したことはありません。このことに関して、確実なデータがカナダから提出されました
(Lancet 2008 ; 372 : 224‐233)。52カ国、9345人の心筋梗塞の患者さんと、1万4637人の心筋梗塞ではない、いわゆる対象となる人たちから、血液を採取し、検討した研究です。これによると血液中の脂質が結合するタンパク質、アポリポ蛋白BIとアポリポ蛋白Aの比率を測定すると、その値が心筋梗塞の予想になるといいます。
この結果を応用し、簡便な外来での検査で心筋梗塞が予想できる時代が来れば、そこでリスクが高いと出た人たちに集中的に検査や治療を行うことができるので、とても有用な結果だといえるでしょう。また、同じグループの研究では、野菜とフルーツをたくさん食べていると心筋梗塞が30%予防され、習慣的な適度なアルコール摂取によっては9%、運動をよくすることで14%が予防されるというよい結果が出ています(Lancet 2004 ; 364 :937‐952)。
こうした研究結果からも、心筋梗塞の予防に食事の質や運動量に気をつけることは、とてもよいことだとわかります。この研究の優れたところは、対象国が52カ国にもまたがっているので、白人だけを対象にした研究成果とは異なり、全世界のいかなる人種にも通用するところであろうと思います。日本だけでこれだけの規模の研究をすることは困難でしょうから、国際的な協調のもとでの研究に参加し、自国の健康事業に役立てていくことが必要でしょう。

循環器の医者との連携こそが、糖尿病には大切

なぜ私がこれほど心臓の検査に力を入れるかといえば、糖尿病を診る立場からは、心筋梗塞の予防が最も重要だと考えているからです。そして、糖尿病を診ている医師が、いかに症状のないうちに、患者さんを循環器の医師に連携していくかが大事だと思うのです。症状がないわけですから、これらの糖尿病患者さんが自分からすすんで循環器の医師に行くはずもありません。糖尿病の医師が、患者さんの訴えを大事にすること、そして24時間心電図などの検査を駆使して、患者さんの状態を把握すること、投薬を怠ることなく悪玉コレステロールをやっつけることが必要になると考えます。この本で何度も強調してきたように、近年わかってきたさまざまな事実は、糖尿病治療のこれからを考えるうえで重要です。
アコード試験が示した、血糖値正常化をめざす厳格な血糖値コントロールがかえって死亡率を上げてしまうこと。そこには低血糖が大きく関与しているであろうこと、低血糖の問題の大きな一つは、それが心臓に与える影響であること。またインスリン注射を使うなどの厳格な血糖値コントロールが血中のインスリン濃度を高め、それが、心筋梗塞に影響するであろうこと。
これまで糖尿病治療は血糖値コントロールに重きが置かれ、血糖値を正常化すれば死亡率も下がるという思い込みで進められてきました。しかし、事実はそうではなかったのです。
もちろん、血糖値が正常であることはいいことには違いありません。しかし、血糖値を無理やり下げる、それも心筋梗塞のリスクのある高血圧その他の合併症を持った人の血糖値を無理やり下げることは、死亡率を高めてしまうのです。このことは、糖尿病治療の到達点をどこに置くかという問題への視点を提供してくれます。糖尿病治療の効果を測るときには、血糖値を見るのではなく、その最終的な到達点である心筋梗塞を予防したのかどうかをこそ、見るべきでしょう。
米国、クリーブランドクリニックの心臓血管内科科長のニッセン博士は、2007年、ロシグリタゾンと呼ばれる糖尿病の薬が、心臓血管病のリスクを上げるということを見出しました。ロシグリタゾンは、これまで、血糖値をよくするとてもよい薬だとされていました。しかし、ニッセン博士によると、42の臨床試験の評価基準を統一して、客観的、科学的に検討、包括的に評価した結果、ロシグリタゾンの投与により、心筋梗塞が40%増加するという驚愕のデータを報告したのです(NEJM 2007 ; 356 : 2457‐2471)。薬の効果は、心筋梗塞などの重要な臨床病名で測るべきであることが痛感させられた思いです。よかれと思って使っていた薬が、実は体に悪さをしていたということがありうるわけで、薬害はとてもこわいものです。ロシグリタゾンは2007年の最初の四半期で6・17億ドルの売り上げがありましたが、ニッセン博士の報告以後、2007年の策4四半期では、3・27億ドルの売り上げに落ちたといいます(Endocrine Today 2008)。こうした事実をきちんと見つめるべきでしょう。
私のクリニックに転院してくる糖尿病患者さんたちの話を聞いていると、血糖値正常化にばかり気を配り、患者さんに「要求」ばかりをし、「脅し」をかけているかのような糖尿病専門医の姿がうっすらと見えてくるような気がして仕方がないのです。そうではなく、もっともっと患者さんの命を守り、その生活や気持ちに寄り添う、優しい医療はできないものかと思います。
第一線で患者さんを診ている開業医が、患者さんと密に話し合いを持ち、心臓の状態をあれこれ議論して、結果として合意のもとに検査を行い、その結果に基づいて、心筋梗塞を予防していくことができればすばらしいことだと思います。それができないのなら、糖尿病患者さんは循環器の医者に診てもらいましょう。そうやって心筋梗塞を防ぎましょう。私はあえて、そう言いたいと思っています。

インスリン注射はやめられます

30年続けたインスリン注射をやめたい
私の外来の患者さんの1人、Eさんを紹介したいと思います。網走市在住のEさんが、初めて私のところにやってきたのは、2006年9月8日でした。
Eさんは1976年に糖尿病の診断を受けています。当時の担当の先生から、目の合併症がすぐに起こるだろうから、直ちにインスリン注射を始めなさいという指導を受けたそ
うです。当時、網走には糖尿病の専門の医師がいなかったこともあり、インスリンを扱っている病院もなかったようで、200km離れた旭川市の大きな病院を受診することになりました。以来、30年間、毎月1回、片道4時間かけて夫の運転する車で病院まで通い続けたのでした。
76年当時の糖尿病の治療は、インスリンの自己注射がまだ法的には認められておらず、インスリンを使用するということ自体がたいへんだったようです。自己注射が認められていないということは、原則的には病院でスタッフが注射するしかありません。このため、1型糖尿病の子どもさんが、病院から学校に通っていた事例や同じく子どものころからの1型糖尿病で、インスリン注射をするために就学も就職もできずに10年も病院に入院させられていた事例も70年代にはあったことを、東京女子医大糖尿病センター名誉所長の平田幸正博士は記しています(DIABETES NEWS 1992 ; 29)。
また当時は、医学教育が十分でなかったことから、尿糖のみで糖尿病を診断する先生もいて、重症の低血糖がもとで死者が出たという新聞記事もあります。
そういう時代でしたから、Eさんが200kmの道のりをかけてでも、体を守るために、インスリン注射を処方してくれる先生のもとへ通いたいと思ったのはよく理解できます。
インスリンの自己注射が認められ、保険適用となったのは1981年になってからで、自己血糖測定が保険適用になったのは、さらにその5年後の1986年です。ですからEさんの、血糖値コントロールは最初の10年は生易しいものではなかったはずです。
ご自身、目がほとんど見えなくなってきており、また、夫も高齢となって、旭川まで片道4時間の車の運転もままならなくなってきたことなどから、Eさんはインスリンの自己注射に大きな不安を抱くようになり、インスリン注射を飲み薬に転換する治療をしている医者がいるとの噂を頼りに、思い切って私のところへやってきたのでした。
最初に、現在の状態とこれまでの治療内容などを詳しくおうかがいしたところ、Eさんが、長年、たいへんな苦労をしながら治療をがんばってきたことがわかりました。しかし、糖尿病の症状は確実に進行していて、1999年に合併症の糖尿病網膜症のために右目を失明、診察時点では左目はぼんやりとしか見えない状態となっていました。インスリン治療を続けていたけれども、合併症は出てしまったのでした。さらに糖尿病神経障害、糖尿病腎症も出てきていました。神経障害は足がじんじんしびれて痛むという、糖尿病による典型的な症状でした。腎臓については、尿にタンパクが出現し、腎臓機能が徐々に低下していました。そのほかにも高血圧症、高脂血症、下肢閉塞性動脈硬化症の合併もありました。このため、インスリン注射以外にも、15種類の薬を飲まれていました。
インスリンは、ヒューマカート3/7を朝24単位、夕6単位、打っていました。血糖値コントロールはといえば、ヘモグロビンAlcが6・5%程度と、よいコントロールを得ていました。こうした状態はこれまでの常識から見れば、飲み薬に転換するのは非常に困難な、ほぼ絶望的ともいえるものでした。Eさんのインスリンの投与は、体重1kgあたりで計算すると、ほぼ0・5単位です。教科書的には、インスリンを飲み薬に転換しうるのはインスリン体重あたり0・3単位以下の場合のみ、それも成功率は50%とされています。しかし、私は診察し、お話をよくうかがって、チャレンジしてみる価値はあると思いました。

インスリン注射からの解放ができた

1935年、昭和10年生まれで、そのとき70歳のEさんにとっては、30年通い慣れた旭川の病院を離れて、当時私が勤務していたオホーツク海病院に来院することは、大きな勇気と決断が必要だったことは容易に想像がつきます。
患者さんにとっては、担当の医者は、すべてを任せる大事な人です。これまでも、肺炎で入院したり、合わない薬があったり、実は思いもかけぬ薬が効いたこと、いろいろなことを経験として積み重ねられ、そういったことを担当医は体で覚えているものです。だからこそ、人間関係の信頼の絆ができて、初めて医療は成り立つものなのです。
Eさんの話には、これまでの大切な担当医との絆を絶ってでも、私との治療にかけたいという思いが滲み出ていました。Eさんの担当医への思い、また、これまでの担当医の必死の気持ちが詰まっている、よれよれになった糖尿病手帳を見て、私も、なんとか協力して治療をしたいと答えました。
インスリンの投与量が、高用量であり、かつ、きわめて長期にわたっており、合併症が細い血管の問題、つまり糖尿病網膜症、糖尿病神経障害、糖尿病腎症から、太い血管の問題、下肢閉塞性動脈硬化症まで認められますから、Eさんがインスリンをやめて飲み薬にするというチャレンジは、ハードルの高いものであることは明らかでした。そのことを、Eさんとご主人に十分、説明をし、納得していただいて、インスリン離脱の治療を行うことになりました。
2006年9月20日に入院。早速、空腹での採血をし、一日尿をためてもらい、Eさん自身の膵臓からのインスリン分泌を測定したところ、Eさんの膵臓からは、十分にインスリンが分泌されていることが確認できました。また、インスリンに対する抗体が出ていないこと、膵臓に対する抗体も出ていないことも判明し、インスリンから飲み薬へのスイッチは可能な状態と判定しました。また、心臓の機能も異常がないことをしっかり確認しました。
9月24日、最後のインスリン投与の日、血糖値は、空腹時で124mg/dl、最高値で214mg/dlと順調です。インスリンをやめるには視界良好といったところでした。
9月25日、いよいよインスリンをやめて、飲み薬にする日です。朝からこれまで30年間、打っていたインスリン注射を中止し、飲み薬を飲んでもらいました。ピオグリタゾン(商
品名「アクトス」)15mg、グリメピリド(商品名「アマリール」)1mg、ボグリボース(商品名「ベイスン」)0・3mgを朝食の前に服薬。朝食後2時間の血糖値は271mg/dlといつもよりも高めでした。緊張が走ります。このまま血糖値が上昇していくことになると、飲み薬にできる確率は減っていきます。
昼食前241mg/dlです。いい調子で下がってきました。ほっとします。昼食の直前にボグリボースを0・3mg服薬。昼食後2時間の血糖値が一番の勝負です。というのは、ピオグリタゾンは服薬から7時間くらいで最大の効果が現れるとされているので、この時間帯の血糖値が下がっているかどうかが、重要なポイントとなるのです。
もしも下がっていれば、飲み薬へのスイッチは可能である確率が格段に高くなりますが、上がっていれば、難しい状況となります。結果は、なんと124mg/dl。かなり下がっているではありませんか。私は、外来診療中にこの数値を知り、心の中で「やった」、と叫んでいました。さらに、夕食前の血糖値も132mg/dlで、とてもよい値です。ここでボグリボースを0・3mg服薬。そして、私はEさんを祝福したのでした。
むくみ(浮腫)や、血液の異常などの薬の副作用は出現していないことを確認、その後も血糖値コントロールは順調であったため、10月2日には退院となりました。
それ以降の外来受診でも、血糖値コントロールは常によく、ほぽヘモグロビンAlc6%前後を維持しています。インスリンをやめ、飲み薬にして、かれこれ4年近くが経ちますが、血糖値コントロールは、インスリン投与していたときと、ほぽ同じレベルを維持できています。目の状態も、低いながらも同じくらいを維持できていますし、日常生活のことはほぼ自分でできており、その他、飲み薬にした後に新たな問題が生じたわけでもなく、問題ないレベルと考えられます。
Eさんが、インスリン注射から飲み薬へ転換することができたのは、なんといっても、ご自身の膵臓がインスリンをよく分泌していたということ、そして、その分泌されていたインスリンの効きが弱まっていたこと(インスリン抵抗性)が、Eさんの糖尿病の大きな原因だったからということに尽きると思います。つまり、インスリン抵抗性がEさんの場合の問題であり、この問題を解決することで、インスリン注射を手放すことができたわけです。
今現在インスリン注射をしているけれども、これをなんとか飲み薬にしたいと思っている人は大勢いることでしょう。そういう中で、Eさんのようなタイプであれば、インスリンから飲み薬への転換の可能性はあります。なぜそれができるのか、どうやるのかについて、次でご紹介していきたいと思います。

インスリン治療の現実

日本で、今インスリン注射を打っている人は、どのくらいいるでしょう。2005年のデータでは糖尿病治療を受けている人は、246万9000人(「平成17年患者調査の概況」淳生労働省)で、そのうちインスリン注射を打っている人は23・2%、つまり57万3000人近くとされています。
インスリン治療にかかる医療費は、年間1000億円以上と試算されますが、では患者さん一人の医療費はどのくらいかというと、[在宅自己注射指導管理料」「血糖自己測定器加算」などに加え、検査料なども入りますから、月1万円前後から2万円近いものとなると思われます。

インスリン注射を打っている人に最低必要な在宅用医療費(1ヵ月あたり)

インスリン注射を打っている人に最低必要な在宅用医療費(1ヵ月あたり)

※保険点数は1点=10
このほかに、詰め替え可能な注射器を処方した月は注入器加算300点、インスリン製剤としてフレックスペン1本(300単位入り)自己負担で約9(X)円、詰め替え用製剤1本約600円、再診料、検査料(血液・尿など)などで、1人につき合計1万?2万円ほどの医療費がかかる。

こうなると、自己負担もばかになりません。
もちろん、糖尿病治療においては、インスリン治療は必須であり、欠くべからざるものであることは間違いありません。特に、インスリンの量が絶対的に足りなくなって起こる1型糖尿病の患者さんの場合には、インスリン注射は絶対に必要です。
2型糖尿病でも絶対に必要なときがあります。糖尿病性ケトアシドーシスや高血糖高浸透圧症候群という、意識がなくなるような状態になったり、清涼飲料水ケトーシスといって、清涼飲料水の飲みすぎから倦怠感が起きたり、意識がなくなったりするようになったときにはインスリン治療が必要ですし、ほかにも、糖尿病合併妊娠やその産後(産じょく期)、および授乳期、あるいは肺炎などのとても重い感染症になったとき、全身管理が必要な外科手術をしたとき、静脈から栄養を補給しているときなどの血糖値コントロールには、インスリンが必要です。とても重い肝臓障害がある場合や、同じく腎臓障害がある場合も同じです。
また、2型糖尿病では、インスリン治療の相対的な適応、つまりこうなった場合は、インスリンを使ったほうがいいというケースもあります。食事療法、運動療法を行い、飲み薬を使っても、空腹時血糖値が250mg/dl以上であったり、食後血糖値が350mg/dl以上であったり、尿のケトン体が陽性の場合、あるいは飲み薬で一番強いとされる薬を使用して、最初は血糖値がうまく下がっていても、その後次第に効果がなくなってきた場合には、インスリンが使われます。
さらに、2型糖尿病では、インスリン治療の積極的適応という考え方もあります。これは飲み薬を用いた治療でヘモグロビンAlcが3ヵ月以内に7%以下にできない場合には、インスリン注射をするというものです。現在は、このインスリン治療を積極的に行うという考え方をとる医者が多いようです。
絶対に必要な事態の場合はもちろんですが、私がインスリン注射の治療をするのはこんなときです。外来に体がだるくて仕方がないという訴えの患者さんが来ます。血糖値は、外来で簡便に測定する機械で測定できないほど高い。よく聞くと、のどが渇いて仕方がないし、夜もおしっこがたくさん出るといいます。最近ぐんとやせてしまった、目がかすむという人もいます。こういった状態でもみなさん、仕事はふだんどおり続けています。こういう患者さんは、健診で指摘され、仕方なく外来にこられるわけですが、仕事を持っていて医療機関を受診するのが困難であることはよくわかります。また、糖尿病であっても、ふだんの生活に支障が出るので、自覚症状が現れるぎりぎりまで治療を始めたくない、という患者さんの気持ちも、理解できます。
私はインスリン注射を伝家の宝刀としてとっておき、このように初診で血糖値がとんでもなく高い場合にすすめます。これは放っておけない、早く血糖値を正常化したほうがいいですよ、と患者さんに申し上げて、ご家族にも説明をして、なんとか入院してもらいます。そして、インスリン治療を開始します。
重症の場合でも、今のインスリン注射はすばらしいもので、あっという間に血糖値を正常化することができてしまいます。食事をする直前に打つと、食事による血糖値の上昇を打ち消し、その後、打ったインスリンは直ちになくなります。ですから、朝、昼、晩の食事ごとにインスリンを打つだけで、血糖値は見事なまでにコントロールされ、症状もすっかりとれてしまいます。ものの一週間もかかりません。自分でインスリンを打ち、自分で血糖値を測定する方法をマスターすれば、外来通院が開始となります。
それでも患者さんは、インスリン注射はイヤだといいます。飲み薬にしたいという人のほうが圧倒的に多いのです。やはり注射の痛みを嫌がられるし、また、旅行で持ち運ばなくてはならないのが辛い、ついつい持っていくのを忘れてしまうと言います。職場では、トイレで隠れて打つしかないという人も多いのです。自衛隊員の患者さんは、とても昼には打てません、と言います。インスリン注射に対する不満は大きいのが現状です。
その不満も当然だと思いますし、インスリン注射を始めた場合でも、可能な人はなるべく飲み薬に転換します。飲み薬で治療を続けていて、どうしても高い血糖値になった場合はインスリン注射を使いますが、そのときも、できるだけ早く飲み薬に戻れるようにがんばります。それだけでなく、Eさんのように長年インスリン注射を続けてきた人でも、可能であれば、飲み薬への転換を図りたいと努力しています。
しかし、私のようにインスリン注射をなるべく伝家の宝刀としてとっておき、使った場合も転換を図ろうという医者はあまりいないようです。

1年以上続けたインスリン注射はやめられない?

一般的には短期のインスリン使用の後には飲み薬に転換できる、ということはよく言われていますし、その成功率は報告によっては、70%以上と良好なものです。いわば緊急避難的にインスリンを使ったときには、飲み薬に転換できるとされています。
しかし1年、5年、10年とインスリンを打っている場合はどうでしょう。しばらくインスリンを続けたけれども、ある程度血糖値コントロールがついてきて、状態が落ち着いている人で、インスリンを使用している人の全員が、ほんとうに、インスリン治療が必要なのでしょうか。これについては、過去のデータの検証、最新のデータによる治療の導入など、さまざまな角度から検討し、洗い直さなければならないでしょう。
現実には、2型糖尿病で、相対的な適応でインスリン注射を始めて、例えば1年以上続けてきた場合には、とても飲み薬に替えられるはずがないというふうに、医者も、患者さんも、思っているのではないでしょうか。実際、私が出会ったインスリン注射を打っている患者さんで、医者のほうから、そろそろインスリンをやめてみませんか、と持ちかけられたという体験を持つ人は皆無です。
過去の研究を紐解くと、インスリン投与量がきわめて少ない場合にのみ、インスリンをやめて飲み薬にすることができると記述されているにすぎません。繰り返しになりますが、日本で出ている医学の教科書を見ると、インスリンを1年以上投与されている場合、体重1kgあたり0・3単位の量のインスリン投与だった人がインスリンをやめられる可能性は、50%とされています。標準の日本人で考えると、体重60kgくらいの人で、18単位までのインスリンを打っている人が、インスリンを飲み薬に転換できる限界点となるものと考えられます。海外の文献にあたると、ハーバード大学が出している最も権威ある教科書ですら、インスリンをやめる基準は記されてはいません。インターネットで調べてみても、インスリンをやめられる基準というものはない、という専門医と思われる医師のそっけない答えしか出てきません。
つまり、欧米ではインスリンをやめて飲み薬にするという考え方そのものが、受け入れられていないということかもしれません。むしろ、日本のほうが、インスリンをやめて飲み薬にするという考えに対して素直に考えているものと想像されます。どうやら、欧米では飲み薬よりもインスリン製剤のほうが、値段的に安いということも関係するようです。
それでは日本人は、現在どれくらいの量のインスリンを使用しているのでしょうか。
富山大学の小林正教授らがまとめた文献によると、平均で26・3単位のようです(Diabetes Research and ClinicaI Practice 2006 ; 73 : 198‐204)。ということはインスリンがやめられる限界点が18単位なら、現状の考え方では、大多数はインスリンをやめることはできないということになります。
医者の側からすると、インスリンをやっていてうまく治療ができているのに、成功するかどうかもわからないような飲み薬への転換をすること自体、面倒だという考えがあることも否めません。こういった考えから、20単位以上のインスリンを打っている人を対象にした飲み薬への転換という発想での研究は、道が閉ざされてきた可能性があるでしょう。
そもそも、積極的なインスリン治療というのは、できるだけ厳格に血糖値コントロールしたほうが、患者さんのその後の調子がよいだろう、ということが前提となっています。
インスリン治療には、血糖値コントロールだけでなく、その他の代謝改善効果があり、および糖尿病合併症の発症やそれを重くすることの予防になるというメリットがあることが報告されてきましたから、つまりよかれと思ってインスリンを注射しているわけで、やめる理由はないと思っている医者や患者さんもいるでしょう。ところが最近、糖尿病の治療に大きなメリットがあると思われていたインスリン治療の、その根拠が揺らぐような研究が相次いで、発表されています。

インスリン治療に利点はない!?

2008年2月にアメリカで発表されたアコード試験の結果は、血糖値を正常化しようとする厳格な血糖値コントロールをした場合、死亡率が上がることを明らかにしました。その厳格な血糖値コントロールとは、インスリン治療を積極的に導入しようというものにほかなりません。インスリンを取り入れた厳格な血糖値コントロールは、死亡率を上げるので、そうではなくヘモグロビン放7%前後の緩やかなコントロールがいいと、結論付けられています。そして、2009年6月H日号の医学誌『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』に掲載された「BAR12D」(バリツーディー)研究の報告では、インスリン治療を中心とした治療法よりも、インスリンの感受性を上げる、つまりインスリン抵抗性を改善して、インスリンの効きをよくする治療を主体にしたほうが、血糖値コントロールがよくなると報告しています。
このBAR12Dという研究は、糖尿病の最適な治療法を見出そうと計画されたもので、2368人の心臓疾患と糖尿病を合併している人を対象に、アメリカ、カナダ、ブラジルなどの49の医療機関が参加した、大規模な研究です。その最新の報告が、体の中のインスリンを増やす治療ではなく、効きをよくする治療のほうがヘモグロビン放がよく下がったという結論を出したわけです。
厳格な血糖値コントロールが死亡率を高めるというアコード試験については、東京大学の植木浩二郎准教授が、「80%前後の強化療法症例がインスリン療法を受け、かつそのほとんどがSU薬(インスリンの分泌を増やす薬)を併用したといわれる。このような治療法は、低血糖や高インスリン血症を引き起こしやすく(中略)。総死亡が増加した一因であるとも考えられる」というコメントを出しています(Diabetes Jouma1 2009 ; 37 :7‐12)。この観点からすれば、インスリン注射をし、インスリンの血中濃度を上げる治療より、インスリンの効きをよくする治療のほうがよいというBAR12Dの結果は得心がいくものです。
これらの研究結果から、インスリン治療の利点そのものが揺らいできていますし、そのことが糖尿病の根本原因の究明と、それに対応する今後の治療を推測させてくれます。
私は仮説として、①2型糖尿病の根本原因は、インスリンが効かなくなること、つまり、インスリン抵抗性が出現することであると考えてきました。②だから、インスリン抵抗性を改善する薬、インスリンの効きをよくする薬を使えば、本来、膵臓から出ているインスリンが効果を発揮し、インスリン注射から解放されると考えてきました。
BAR12Dの研究結果はまさに、この仮説を裏付けてくれるものだったのです。
さらに、アコード試験やBAR12Dは、インスリン治療、つまり血中のインスリン濃度を上げる治療のデメリットを今一度、思い出させてくれるものでもありました。
インスリン治療のデメリットとは、低血糖、体重増加、急激な血糖値コントロールによる網膜症、神経障害の治療後の悪化、インスリンに対する抗体ができてしまうことで、インスリン抵抗性がかえって大きくなること、インスリンによるアレルギー反応、インスリンによるむくみなどです。
特に、低血糖は、第三章、第六章で示したように問題です。患者さん本人では対処できない、つまり他者が手助けをしなければ致死的となるような、重症な低血糖が起きる危険性が常につきまといます。気がつかないうちに起きている低血糖発作のダメージが次第に蓄積し、心筋梗塞などの冠動脈疾患につながるおそれもあります。
また、血中のインスリン濃度が高いと、それだけで心筋梗塞が増える可能性については、いくつかの研究グループが報告しています。しかも気になることに、インスリン濃度と認知症には、関係があるらしいという問題も指摘されています。
体内にはインスリンを壊すインスリン分解酵素という物質がありますが、このインスリン分解酵素は、アルツハイマー型認知症の原因物質であるβアミロイドを壊すものでもあります。しかし、血中のインスリン濃度が高くなると、脳内へのインスリンの移行も増えて、脳内のインスリン分解酵素がこちらに使われてしまうため、βアミロイドが脳内に残ってしまいます。そこで、インスリン治療をしている人はそうではない人に比べて認知症が多い、という結論が出てきたとされています。このように、現状でいえることは、体の中のインスリン濃度は上げすぎないほうがいいということです。インスリン濃度を上げるような治療は最後にとっておいて、できるだけ、インスリン濃度を上げないような治療がいい、これが私の主張したい点であり、そのようなことを主張される研究者は増加していることは間違いないと思います。

インスリンの効きをよくする飲み薬の登場

最新の研究結果を整理してみると、インスリン注射をやめて、飲み薬にできればこれほど理に適ったことはないということになります。もちろん前提としては、インスリンを打っている場合と、それほど変わらない血糖値コントロールが得られるということが必要です。そして、飲み薬を使うときに重要なのは、どんな薬を使うかです。糖尿病の薬には大きく分けて三つの薬があります。インスリンの分泌量を増やす薬、インスリンの効きをよくする薬、糖の吸収を遅らせて血糖値が急激に上がらないようにする薬です。インスリン注射から転換するためには、前の二つのタイプの薬に注目すべきです。
最初のインスリンの分泌量を増やす薬というのは、つまり血中のインスリン濃度を上げる薬ですから、要は弱いインスリン注射をしているようなもの。ですから、あまり使いたくはありません。
一方、二つ目のインスリンの効きをよくする薬には、近年、糖尿病の根本原因に働く、いい薬が登場しました。ピオグリタゾンという薬です。この薬は、糖尿病の飲み薬としては世界で初めて、糖尿病患者さんの心筋梗塞や脳卒中など大血管の問題を減らして、死亡を減少させることがわかっています。この薬には、脂肪から分泌されるアディポネクチンを増やす作用があって、その意味でも、糖尿病の根本治療となる薬なのです。日本でも次第に使われるようになってきていますが、まだまだ日本の糖尿病治療の飲み薬の主流はインスリンの分泌を増やす薬で、これは、非常に残念なことです。
このピオグリタゾンを主として使い、あるいは同様の効果を持つ薬を使えば、インスリン注射から飲み薬へと転換しても、血糖値コントロールをよい状態に保つ可能性が高いのです。このことはぜひみなさんに知ってほしいことです。
インスリン注射をやめて飲み薬にできれば、注射という痛みから解放されます。インスリン強化療法といって一日3回以上注射する方法がすすめられることが多くなっていますが、これがまた、患者さんには大きな負担になっています。飲み薬になれば、この負担から解放され、旅行に出かけるときも注射器を用意する煩雑さがなくなります。もっと切羽詰まった問題、視力が落ちてしまって注射をすることが不安、麻痺があって注射がうまくできなくなってきたという患者さんにも、飲み薬であれば安心です。
また法律上、インスリン注射は、自分でしなくてはなりません。家族であれば代わることはできますが、家族が誤って大量投与をして、重大な事態に陥った事例があるとも聞きます。介護施設の職員さんでは、法律上、注射できませんから、インスリン注射をしている高齢者が施設に入ろうとすると、当然ハードルが高くなります。看護師が必要となり、つまり労力が必要となり、人的パワーも必要となるのですから、施設としても、インスリンの必要ない人から入所させようとする動機が働きます。インスリンを打っているというだけで、病院から退院することもままならない事情も生じるのです。飲み薬に転換できれば、こうした事情にある人たちへのメリットは計り知れません。

インスリン離脱の実際

さて、インスリンから離脱して飲み薬に転換するためにまず必要なことは、インスリン注射をやめることです。インスリン注射をしていて、さらに飲み薬を足していった場合、すでに、インスリンが体の中に充満した状態になっているので、飲み薬の効果は現れにくいと判断しました。インスリンというホルモンは、細胞表面にある受容体という物質を介して作用を表しますが、このホルモンが大量に長時間、体内に存在してしまうと、受容体の作用が弱まってしまうのです。これを、脱感作と呼んでいます。ですからインスリンをやめたいということであれば、まずは、インスリン注射をやめることが重要になります。このことで、患者さんの膵臓から出ているインスリンの効きがよくなるはずであると仮定したのです。そしてインスリンをやめてから、飲み薬を即座に開始するという方法をとります。
インスリン離脱の対象となるのは、いわゆる2型糖尿病の場合であり、1型糖尿病ではできません。また患者さんの体の中に、インスリンの作用をブロックしてしまうような抗体がある場合には、現状ではインスリン注射をすることは致し方ありませんし、膵臓からほんとうにインスリンがまったく出ていない場合も同様です。
さらにピオグリタゾンは、心臓の悪い人には使えないので、心臓のチェックも欠かせません。肝臓の悪い人も対象外です。妊娠中・授乳中の人は除外されますし、がんの治療中の人なども除外です。また、膵臓を攻撃する抗体がある場合もできません。こういった制約はいろいろありますが、実際問題、このようなことがハードルになることは珍しく、現実にインスリン注射をやめることができなかったのは、知らない間に心筋梗塞になっていたり、大腸がんが見つかったりという症例だけでした。これらの方々は、手術が必要であり、インスリンからの離脱はできませんでした。また、膵臓からのインスリンの分泌がほんとうに少なくて、インスリン離脱を断念したのは一例のみでした。
インスリン離脱成功の鍵は、患者さん自身の膵臓からインスリンの分泌があるかどうかです。臨床の立場からすると、インスリン注射をしている場合には、体の中には大量のインスリンが存在しているわけですから、膵臓はインスリン分泌を逆に減らしている、と考えるのが普通だと思います。
そうした中で測定してみると、実は、膵臓からのインスリン分泌が正常であるという患者さんが多いのです。私が経験した症例では、インスリン注射をしている人で、最大80単位を打っていた人でさえ、自身の膵臓から出ているインスリン分泌は比較的よく保たれていました。つまり、膵臓からのインスリンが出ないことが問題なのではなく、インスリンが効かないことが問題であることがわかるわけです。このインスリンの効きにくい状態、つまりインスリン抵抗性の状態が、糖尿病が原因で起こっている場合もあるでしょうし、インスリンを打っているということ自体で惹起されている場合もありうると考えます。
インスリンをしばらく注射していると、膵臓が休まって、膵臓の機能が改善するともいわれていますが、実のところ、インスリン注射を打っている人の膵臓からのインスリン分泌をきちんと測定したような論文そのものが見当たらない。少なくとも私は見つけることができませんでした。実際のところは、長期に、比較的高用量のインスリンを打たれている患者さんというのは、膵臓からのインスリンがもはや出ていないということが前提になってしまっている可能性があると思います。つまり、患者さんも医者も、あきらめてしまっていて、検査すらしない、という状況なのかもしれません。
インスリン離脱を始める前に、まず一日尿をためてもらって、患者さん自身の膵臓から出ているインスリンを測定します。そして正常値であることを確認し、それを患者さんに告げると、たいへん喜ばれます。
膵臓からのインスリンの分泌量を測定すること自体は簡単な検査ですし、そのようなことが、これまでなされてきていないのは不思議でなりません。ただ重要なことは、このことを知った患者さんが、糖尿病治療に前向きになれるということです。
「もう自分の膵臓からはインスリンが出ていないのかと思っていた。だけどインスリンが出ていたんだったら、とてもうれしい」と言い、食事・運動療法にも積極的に取り組ん
でくれます。自分の膵臓は大丈夫だ、と医者から言われると、元気になれる、だから、治療にも熱がこもる、食事も運動もがんばれる、これは当たり前かもしれません。

めまい症状がありインスリン自己注射に不安

このページのまとめとして、私がクリニックを開業して最初にインスリン離脱に成功したFさんのケースを紹介します。1940年生まれのFさんは91年に糖尿病を発症。飲み薬の治療を開始しましたが、その後血糖値コントロールが不良となり、2001年からはインスリン投与を開始しました。血糖値コントロールには苦労され、ヘモグロビンAlcは8%前後を維持する程度。夫には「将来はインスリン注射は手伝えない」と言われ、自己注射を続けることに不安を感じていたようです。私がインスリン離脱療法を試みているといううわさを耳にし、「自分も・・」と思いましたが、なかなか決心がつかなかったようです。ところが06年からめまいの症状が出現、メニエール病の診断を下されます。くらくらする症状に常に悩まされ、インスリン自己注射に対する不安も高じ、意を決して09年3月6日、クリニックに来院されました。来院時、インスリンを朝26単位注射、ほかにボグリボース0・3mgを1日3回、メルビン250mgを1日3回飲んでいました。ヘモグロビンAlcは8・1%。決して血糖値コントロールがいいとはいえません。Fさんは体重が61kgでしたので、インスリン量26単位というのは教科書的にはインスリン離脱ができない患者さんでした。そのことも説明しましたが、Fさんのなんとしてもインスリンを止めて飲み薬に変えたいという訴えをうかがっているうちに、がんばってみる気になりました。インスリンを打つストレスもめまいの症状の一因かもしれないと考えたことも事実です。
早速一日自宅でためてもらった尿を調べると、Fさんの膵臓からはインスリンが十分分泌されていることがわかりました。また血液検査ではがんの反応も出ていません。ところが心電図で認められた虚血を示す所見が24時間心電図ではっきり確認されてしまい、心臓に問題がある可能性が高まりました。突然死された弟さんがいたこともあわせて考えると、Fさんの心臓は飲み薬には耐えられないのではないかという疑念を抱かざるをえませんでした。そこで専門病院で詳しく検査してもらったところ、うれしいことに冠動脈CT、心臓超音波、負荷心電図の結果はまったく異常なしという結論でした。心臓も問題ないということでインスリン離脱の条件が整い、いよいよ離脱の日を迎えました。
4月14日北見赤十字病院の解放病床に入院、4月15日朝からインスリン注射を中止、朝食前にピオグリタゾン15mg、グリメピリド3mg、ボグリボース0・3mgを服用。朝の空腹
時血糖値は129mg/dlでした。
私はクリニックで外来診療中もFさんの血糖値が気になっていました。電話で問い合わせると朝食後2時間の血糖値は197mg/dlとのこと。とてもいい数字でした。早速クリニックの電子カルテに離脱成功の模様と書き込み、職員に知らせました。その後昼食前は、128mg/dl、午後2時は156mg/dlといずれもすばらしい値でした。午後6時半には外来を終え、赤十字病院に駆けつけFさんを祝福したのです。
その後も血糖値はいい値を持続し、4月21日退院。退院後も血糖値はいい状態が継続され、9月17日にはヘモグロビンAlcが6・5%と良好な値を示しました。それだけでなく、すっかりめまいの症状もなくなり趣味のちぎり絵にも専念することができるようになったということでした。インスリン自己注射から解放されたFさんは本当にしあわせそうです。思い切って離脱をチャレンジして良かったと思いました。

インスリン離脱症例38例から明らかになったこと
Eさん、Fさんを含め、インスリン離脱症例38症例についてまとめてみました。みなさん、糖尿病の外来に通院されている方で、2005年5月から2006年12月までの間に、現在はインスリン治療を受けているが、飲み薬にしたいという希望のある人に、書面をもって許可を取り、全員入院のうえ、インスリンを中止し、飲み薬にするというものでした。この治療については、北見市医師会治験審査委員会(IRB)の許可を取得するとともに、ISRCTN(国際標準無作為化比較試験番号)に試験登録をしました。
この試験登録は、インスリン治療を受けていた人を、飲み薬にする治療といっても、これまでそのような治療を企てた試験がなかったわけですから、科学的に見ても、倫理的に見ても、試験を遂行する私にとっては、責任のある行為です。
38例のまとめを行ってわかったことは、インスリン離脱は効率よく成功するということです。38例中、一人は大腸がんが見つかり、もう一人は心不全をきたしていて除外されたので、実際にインスリン離脱療法を受けたのは、全部で36人ということになりました。これらの患者さんについて、全員入院して、インスリン注射をやめたその日から飲み薬を開始しています。開始してみると、インスリンをやめた日は、とても血糖値が高くなることが心配でしたが、400mg/dlを超えるような人は1人もいませんでした。これはとても驚きでしたが、やはり患者さん自身の膵臓がよく働いていたこと、そして、ピオグリタゾン(アクトス)、グリメピリド(アマリール)、ボグリボース(ベイスン)の組み合わせの相性がよかったことが挙げられると思います。
結果的には、インスリンをやめて4ヵ月後の血糖値を測定してみると、ヘモグロビンAlcが7・0%未満の人が30入おり、成功率は83%と高いものであることが判明しました。
血圧を下げる薬ですら、成功率は80%くらいといわれているので、この方法論は、比較的効率よく、なおかつ、インスリン投与量が高用量の人で、長年注射を続けた人でもインスリンをやめて飲み薬にできることが印された最初のケースであると考えます。
このインスリンをやめて、飲み薬にする方法が広まり、インスリンをやめられるケースが増えることを心から祈っています。そして、EさんやFさんのような患者さんが、日々の生活を快適に過ごされることを切望しています。結果として、インスリンによる低血糖などの症状も同時に改善することができるとすれば望外の喜びです。
さて、2009年9月現在、私のクリニックの糖尿病患者さんは550人ですが、インスリン離脱をした人が約70人、インスリン治療をしている人は約50人、残りの患者さんは食事・運動療法と飲み薬による治療を続けています。

このページを書こうと思ったきっかけは、血糖値を正常化しようとすると死亡率が増加するという驚愕の事実がつきつけられたからにほかなりません。そして、この事実が多くの人の耳に届いていないということもショックでした。実際、何度か糖尿病の専門医の話を間く機会がありましたが、アコード試験について触れられた方はほとんどいませんでした。
とすれば、一般の医者の間ですら、この試験について知る機会が失われているということになります。いわんや患者さんは知るすべもありません。くさいものにはふたをするという態度では、新しい事実をもとにした正しい医療が行われないことになります。この本で取り上げたさまざまな糖尿病治療にまつわる視点が、この驚愕の事実に収斂していくことに気づいていただければうれしい限りです。
そもそも人間というものがっくり上げた便利な社会が、かえってメタボリック症候群を誘発し、糖尿病をパンデミックにしてしまったというのはなんとも皮肉な話です。飽食と運動不足、ストレスの多い社会となり、それに耐えうる遺伝子を創出するまでには多くの年数がかかりますから、ダーウィンの進化論はここでは役には立ちません。おいしいものをおいしいと思って食べる、これが人間の本来の欲求であり、それがストレスから解放される最も単純な方法であると考えるからです。会社での人間関係などのストレスは増えることはあっても減ることはないでしょう。家族の中での問題も、ストレスは核家族であるからこそガス抜きのできない状況となっていくのではないでしょうか。
しかし、人間は常に叡智を持って前進する動物です。多くの臨床試験の結果からは、健康に生きるすべを持つとは、運動をすることだと教えてくれていると思います。筋肉を鍛えることで、メタボ対策をしていくことができるのであれば、それに越したことはないでしょう。運動に前向きになればストレス発散にもなります。老化にも立ち向かえるのです。
それに並んで大切なのが禁煙であることは重要な事実だと思います。
糖尿病の問題は奥が深いと思います。血糖値が正常よりも高いことに対処することには異論はまったくありません。問題があるのは、血糖値を下げるという作業そのものの中にあるのです。今ある血糖値を下げる薬を使用すると、常に低血糖という問題を引き起こす可能性を秘めています。このことにこそ注目すべきなのです。自分で気がつく低血糖でしたら問題ありません。糖分を補給することで、すぐにそれを治すことができるからです。でも低血糖になってもわからないような状況が続くようでは、心臓病による死亡が増えてしまいます。このことを世界で最初に明らかにした臨床試験の結果が日本で大々的に報道されなかった、無視に近い状態であったのが、日本の科学ジャーナリズムの脆弱性をも表していると捉えざるを得ません。確かに日経メディカルなどの一部が取り上げましたが、一般の人の目に触れやすい全国紙や雑誌では取り上げられなかったのは残念なことです。
最新の研究の成果に忠実になれば、おのずと治療の方向は見えてくると考えます。運動を中心とした自己管理を進め、無理なく血糖値コントロールを試みる。それでもだめなら、インスリンの効果をよくするようなタイプの薬を飲むのがよいと考えます。インスリン注射に勝る血糖降下剤はありませんが、この手法は最後の手段として考えるべきでしょう。
また、これまでインスリンを長く打ってきている場合でも、飲み薬に替えられる可能性が広がってきていることもぜひとも認識していただきたいと考えます。
さらに2009年6月、インスリン注射の一つ「ランタス」が乳がん発症と関係している可能性を指摘する研究報告を受け、すでにがんを発症していたり、乳がんの家系のある女性の場合、この注射を避けたほうがよいかもしれないという意見が、医学誌『ダイアベトロジア』の編集長ゲール教授とヨーロッパ糖尿病研究協会のスミス教授から出ていることも明記すべきでしょう。
また糖尿病の実験動物では、高血糖よりもインスリン注射のほうがインスリン抵抗性を誘発することが、米国ハムナー研究所のカオ博士らにより示されました(JBC in press)0
私の場合、一臨床医として常に心がけているのが、糖尿病をわずらっている方の治療の目標を心筋梗塞にならないようにするということです。このことを実現させるためには、血糖値にばかり注目した治療から脱却することが前提条件となりますし、結果として心筋梗塞などの心血管疾患に罹患しないような治療へ患者さんが導かれることが必要となります。アコード試験のもたらした驚愕の事実から学ぶべきところは多いと考える由縁です。
血糖値を正常化しようとすると、今ある手持ちの札の薬では危険きわまりないものだといえましょう。現状のガイドラインよりも目標の血糖値をやや甘めにしていくことで薬の危険性を回避することが求められています。このことをご理解いただければこれほどうれしいことはありません。

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