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糖尿病治療の目的は心筋梗塞や脳卒中を防ぐこと

      2016/02/06

目次

糖尿病治療の目的は心筋梗塞や脳卒中を防ぐこと

糖尿病はどんな病気か

糖尿病とは、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が異常に高くなり、体にさまざまな問題
が起きる病気です。
食事をすると小腸から吸収されたプドウ糖は、血液にのって体中に運ばれます。行き先
は主に筋肉や脂肪組織で、それぞれの細胞でエネルギー源として使われます。ところが筋
肉や脂肪でうまくブドウ糖を取り入れることができなくなることがあって、血液中のブド
ウ糖濃度が高くなってしまいます。

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そこにはインスリンの働きがかかわります。インスリンは膵臓から分泌されるホルモン
で、筋肉や脂肪の細胞がブドウ糖を取り込むためのゲートをつくる役割をします。
食事をしてブドウ糖が吸収され、血糖値が上昇すると、膵臓からインスリンが分泌され
ます。インスリンは血液にのって全身に運ばれ、細胞にブドウ糖を取り入れるためのゲー
トをつくります。血液中のブドウ糖は、インスリンのつくったこのゲートから細胞の中に
入っていくため、血液を流れているブドウ糖は減って血糖値は下がります。こうやって血
液中の血糖値はいつもほぼ一定に保たれています。
ところがインスリンの分泌や働きに問題が起きると、ゲートが足りなくなって、ブドウ糖は細胞に入っていけません。そこで血液中のブドウ糖濃度が異常に高くなってしまいま
す。これが糖尿病です。血液中に余ったブドウ糖は行き場がなくなり、最終的には尿と一
緒に排泄されます。尿が甘くなるので糖尿病という病名がつきましたが、血糖値が高くな
ることで体にさまざまな問題が引き起こされてしまうのです。
糖尿病にはいくつかのタイプがあります。
一つは、1型糖尿病と呼ばれます。膵臓にあるインスリンをつくる細胞が破壊され、イ
ンスリンの分泌がなくなって起こります。これは体を守る免疫の働きが誤作動して起きる
もので、発症は子どもや若い人に多く、患者数は糖尿病全体の5%以下と少数です。
もう一つは2型糖尿病で、こちらは遺伝や生活習慣、加齢などが強くかかわって起きま
す。日本の糖尿病の95%は2型糖尿病で、ふつう糖尿病というときはこちらのタイプを指
しています。
2型糖尿病には、膵臓のインスリン分泌が減少、その結果、インスリンの量が不足して
起きるタイプと、膵臓からのインスリンの分泌はよいけれども、インスリンの効果が現れ
にくい、つまりインスリンの効きが悪い「インスリン抵抗性」というタイプとがあります。
ただ実際の発症は、インスリン分泌の減少とインスリン抵抗性とが重なって起きることがほとんどで、インスリンが減少すれば、わずかなインスリン抵抗性が起きてもインスリン
の効きがさらに悪くなるという負の連鎖になっています。日本人の場合、もともとインス
リンの分泌量が欧米人のように多くはなく、そのためインスリン抵抗性が少しでも起きる
と糖尿病になってしまうようです。
1型、2型のほかに、遺伝子の異常やほかの病気が引き金となって起こる糖尿病や、ま
た妊娠中に高血糖になる妊娠糖尿病がありますが、こうしたケースはまれです。ただし妊
娠糖尿病は出産するとおさまりますが、その後、2型糖尿病になる危険性があります。ア
ルツハイマー病は3型糖尿病ではないかという説を三章で紹介しましたが、これは一つの
学説で、解明が待たれているところです。

糖尿病の検査と判定

糖尿病は、ひどくなるまで症状はほとんど出ないので、健診で見つかることがほとんど
だと言われています。確かに健診で指摘されて診察に来る方は多いのですが、よくうかが
うと、糖尿病の症状が出ている人が少なくありません。
多い症状は、「やたらとおしっこが出る」こと。おしっこの回数が増え、量も多くなります(多尿)。高血糖とはブドウ糖で血液が濃くなった状態ですから、これを元に戻そう
とする体の働き、ブドウ糖を水分と一緒に尿として排泄することが起こります。つまり、
おしっこが多くなるのです。すると体内の水分が減って血液はさらに濃くなり、体が乾燥
するので、口が渇いて飲みものをがぶがぶ飲むようになります(多飲)。そして水分をと
れば、おしっこが増える……という悪循環に陥ります。
やがて体重が減り、やせていきます。体内ではブドウ糖をエネルギーにできないので、
体は仕方なく脂肪やタンパク質を分解してエネルギーとして使っていくからです。要は栄
養不足になってやせてしまうわけで、エネルギーが不足し、疲れやすさやだるさを感じる
こともあります。
こうした症状があったときは、ぜひ、医療機関を受診していただきたいと思います。
糖尿病かどうかは、血液検査で血液中の血糖値やHbA1c(ヘモグロビン・エー・ワン・シー)を測り、糖尿病の診断基準に従って判定しています。血糖値はいうまでもなく
血液中のブドウ糖(グルコース)の量で、検査の略称では「Glu」と示されます。Hb
A1cとはヘモグロビン(赤血球の中にあるタンパク質)とブドウ糖が結合したもので、ヘ
モグロビン全体に対する割合(%)で示されます。ブドウ糖が増えると血液中でヘモグロビンと結合し、HbA1cができるのですが、これはその時点だけでなく過去1、2ヵ月
の血糖を反映しています。そこで血糖の目安として使われます。
まず、その日の最初の食事をとる前の血糖値検査、「空腹時血糖値検査」で血糖値がI
26mg/dl以上のとき、あるいは空腹時ではない「随時血糖値検査」で、そのときの血
糖値が200mg/dl以上のときは、「糖尿病の疑いあり」です。そのときは血液中のHb
A1cを調べます。6・5%(JDS値6・1%)以上のときには糖尿病と診断します。HbA1cの値が該当しなくても、医師が先のような糖尿病の症状を確認したときも、糖尿
病と診断します。
「糖尿病の疑いあり」だけれども、HbA1cは該当しない、特段の症状もないときは、
別の日に再び血液検査をしていただきます。この再検査で血糖値やHbA1cが高いとき
は糖尿病と診断します。
以上の検査や診察でもはっきりしないときは、ブドウ糖負荷試験が必要になります。
これは空腹の状態でブドウ糖を溶かした水を飲んでから採血をする検査で、飲む前、飲
んで30分後、1時間後、2時間後に血液をとり、血糖値の推移を見ていきます。受ける方
にとっては少々面倒な検査ですが、この検査は最も確実に糖尿病を判定することができる検査です。
このブドウ糖負荷試験と、空腹時血糖値
とで、その人の血糖値は「正常型」か、
「糖尿病型」か、あるいは「境界型」を判
定します(図表2参照)。

【図表2】糖尿病の診断基準

【図表2】糖尿病の診断基準

「正常型」に入る場合は、今のところ糖尿
病の心配はありません。「境界型」のとき
は、そのまま境界聖にずっといる場合や、
正常型になる場合もありますが、逆に糖尿
病に向かう途上かもしれないので注意が必
要です。「糖尿病型」に入ったときは、糖
尿病の可能性が高いので、別の日に再検査
をして血糖値やHbA1cを調べ、基準を
超えていたときに糖尿病と診断します。

糖尿病の何がこわいのか

糖尿病で血糖値が高い状態が続くと、全身の血管が傷ついてさまざまな問題が起こりま
す。ではその「問題」とは何か、糖尿病の何がこわいのでしょう。
よく言われるのは、糖尿病の「三大合併症」の恐ろしさです。糖尿病性神経障害、糖尿
病性網膜症、糖尿病性腎症を三大合併症と呼び、これが糖尿病の最大の問題だとされたり
もしています。具体的には糖尿病性神経障害がひどくなると歩けなくなったり、糖尿病性
網膜症で治療が遅れると失明してしまったり、糖尿病性腎症になると、最悪の場合は人工
透析が必要になってしまいます。
三大合併症については、後でさらに詳しく紹介しますが、これらは高血糖が
毛細血管や細い血管を傷つけて起こす病気です。対処が遅れると確かに大きな問題になり
ますが、糖尿病の合併症は実は神経や細い血管だけに起きるものではありません。高血糖
は太い血管をも傷つけ、動脈硬化を起こし、大血管病につながるおそれがあります。
糖尿病になって動脈硬化が進むと、心臓の血管である冠動脈のどこかにプラーク(画質
の塊)ができたり、それが破れて狭窄や閉塞が起きたりします。これが狭心症や心筋梗塞
です。脳の血管が詰まったときは脳卒中ですし、足の太い血管が詰まれば下肢閉塞性動脈硬化症です。これらが大血管病と呼ばれるものです。
急性心筋梗塞の死亡率は10%を超えます。10人に1人はそのまま亡くなってしまうので
す。たとえ命は助かっても、心臓の働きは元には戻りません。脳卒中も、時に命にかかわ
りますし、かなりの率で後遺症が残ります。下肢閉塞性動脈硬化症は歩行障害が起きたり、
ひどくなると壊疽を起こし切断を余儀なくされたりすることもあります。
ところがこの大血管病には目を向けてこなかったのが、日本の糖尿病医療です。
私は10年前から糖尿病の診療に取り組み始めましたが、そのころ出会った患者さんを忘
れることができません。
北見市内の病院に勤務し始めたころでしたが、60代の女性が胸痛を訴えて受診してきま
した。心筋梗塞でした。長年糖尿病専門医の治療を受けていたけれども、心臓の注意を受
けたことはなかったと言います。もう一人は46歳の男性で、脳卒中後のリハビリテーショ
ンで入院されました。この男性は実は糖尿病でしたが、治療を受けていなかった。つまり
放置された糖尿病患者だったのです。
なぜこういうことが起きるのか、なぜ治療を受けながら心筋梗塞を防げなかったのか、
なぜ糖尿病が放置されているのか?。糖尿病とその治療について調べていくうちに、日本では三大合併症ばかりが強調されてきて、糖尿病の治療に心筋梗塞や脳卒中を防ぐとい
う視点がないこと、大血管病を防ぐための手立てが積極的になされていないことを知り、愕然としたのでした。

命を守る糖尿病治療の必要性
糖尿病と心筋梗塞、糖尿病と脳卒中のかかわりはあきらかで、世界で信頼の置けるデー
タが提出されていますし、日本人の糖尿病に関しても確認されています。たとえば日本人
の糖尿病患者さんは1年間に1000人あたり8・9人が、狭心症や心筋梗塞などの冠動
脈疾患になっているという調査結果があります。これは糖尿病ではない人よりも約3倍も
高い発生率です。
循環器の専門医にとっては、それはもう常識のようです。広島市立広島市民病院の石原
正治博士は急性冠症候群(不安定狭心症や急性心筋梗塞)についての座談会で「特にリスク
ファクターで重要なのは、糖尿病です」と発言し、同病院に急性心筋梗塞で入院した患者
さんの27%が糖尿病であった。また、そうではなかった人にブドウ糖負荷試験を行ったと
ころ、糖尿病だとわかった人が20%、耐糖能障害が28%いて、要するに約4分の3の患者さんは糖尿病やその予備軍だったことを報告しています。海外では以前から、同様の報告
がなされていますし、日本のほかの病院の循環器の統計でも、やはり同様の結果が出てい
ます。
また脳卒中に関しても、日本人の糖尿病患者は脳の血管が詰まる脳梗塞の発症リスクが
高いという調査結果があります。
ですから、最近ではさすがに日本の糖尿病専門医も、心筋梗塞や脳卒中も糖尿病の合併
症であり、積極的に防がなければならないと言うようになってきました。しかし意識の変
革はなかなか難しいようで、今もなお、三大合併症ばかりを言い立てる医師は少なくあり
ません。不幸にもそういう医師に出会ってしまった患者さんもまた、三大合併症さえ防げ
ばいいのだと考えてしまいます。しかし三大合併症を防ぐのは、糖尿病治療としてはあた
りまえのことであって、目的は心筋梗塞や脳卒中を防ぐことに置くべきだと思います。

三大合併症はこわくない

心筋梗塞や脳卒中を防ぐ、命を守る糖尿病治療の基本は、緩やかな血糖コントロールと
合併症を見逃さないきめ細かな診察です。 誤解を恐れずに言えば、「三大合併症はこわくない」のです。というのも私のクリニックを受診されている糖尿病の患者さんには、糖尿病性神経障害で歩けなくなったり、糖尿
病性網膜症で失明したり、糖尿病性腎症で人工透析になったりした方はいないからです。
そうした重大な問題は、適切できめ細かな治療をしていれば起こらないと確信しています。
あらためて三大合併症とその治療について紹介しましょう。
三大合併症の中でも、比較的早い時期に起きやすいと言われているのは糖尿病性神経障
害です。高血糖が続くと、その影響で神経にポリオールという物質がたまって神経そのも
のにダメージを与えますし、その近くの血管にも影響していきます。すると末梢神経に障
害が起き、手先や足先がしびれたり、冷えやほてりが起きたり、痛みが起きたりします。
悪化すると今度は感覚がなくなるので、痛みや熱さ冷たさに鈍くなhソます。その結果、た
とえば靴ずれやちょっとした傷には痛みを感じず、やけどにも気づかない場合もあって、
傷ややけどを悪化させてしまいますし、感染症を引き起こす恐れもあります。神経障害は
自律神経にも起こるので、胃腸の働きが悪くなって下痢や便秘を繰り返したり、心臓の動
きに影響して不整脈が起きたり、男性はEDになることもあります。
神経障害を悪化させないためには、こうした症状やほかの少しの体調不良をも見逃さないことです。早め早めにケアをして、必要に応じて神経の働きを改善する効果を持つエパ
ルレスタットやメキシレチンなどを用いたり、血流を改善する薬を使ったりすることで症
状を改善することができます。糖尿病性神経障害がひどくなると手足の先が壊死して
壊疽になってしまうことがありますが、主治医がよく診て、早期発見、早期治療に努めれば、
壊疽になるおそれはまずありません。

糖尿病性網膜症で失明しないために
糖尿病性網膜症は、眼の細い血管、特に網膜の毛細血管が傷ついて起こります。
眼の奥に張り付いている網膜は、カメラのフィルムの役割をする薄い膜で、そこには光
や色を感じる神経細胞がびっしり並び、毛細血管がはりめぐらされています。高血糖が続
くと、毛細血管に異常が起き、コブができたり、小さな出血が起きたり、血液が漏れて跡
(白斑)になったりします。そして血流が途絶える部分ができ、網膜が酸素不足に陥るの
で、それを補おうとして、ふつうにはない異常な血管ができてしまいます。この異常な血
管が、眼底出血や網膜はく離を起こすため、視力が低下してしまうのです。
治療が遅れると失明に至ることもあります。調査から、糖尿病になって約15年で、半数の患者さんは網膜症を起こしていて、全体の1%の患者さんが失明していると考えられています。
しかし現在では糖尿病性網膜症の治療法はたいへん進み、レーザー光線を照射する「光
凝固」で網膜はく離や失明を防ぐことができますし、網膜はく離を起こしてからでも、失
明を避ける手術法もあります。
糖尿病性網膜症の発生頻度から、網膜症発症の心配がない血糖値はHbA1c6・9%
(JDS6・5%)未満、網膜症の発症を遅らせるにはHbA1c約7・4%(JDS7・
O%)以下といわれています。ただここで考えなければならないのは、糖尿病の治療で低
血糖発作が起きると、網膜の出血がその瞬間に起こる可能性が増大するということです。
ですから私のクリニックではインスリン治療に入る前には、必ず眼科の検査を受けてい
ただきます。糖尿病性網膜症の兆候があったら、インスリン注射をするかどうか再検討す
る必要があるからです。ところが眼科検査をすすめるどころか、低血糖で眼底出血が起き
る危険性の説明もせずに、インスリン治療を始める糖尿病専門医がいるという実態があり
ます。こうした状況が結果的に糖尿病性網膜症につながるのではないかと心配です。
インスリン治療が必要ない場合でも、糖尿病になって5年、10年と経過している人には、

早い段階で糖尿病性網膜症の異常を発見し治療するために、定期的な眼科の受診をすすめ
ることが重要だと考えています。

腎臓を守る糖尿病治療

三大合併症の中でも、治療が難しく、心配なのが糖尿病性腎症です。
腎臓には糸球体という毛細血管の塊があって、ここで血液がろ過され、老廃物は尿と一
緒に排泄されます。高血糖が続くと、この腎臓の機能に異常が起き、ふつうは尿に排泄さ
れることはない血液中のタンパク質が排泄されるようになりますし、毛細血管が詰まって
老廃物の排出がうまくいかなくなります。その結果、腎臓の働きはさらに悪くなり、腎不
全になります。重症になって慢性腎不全となると、人工透析が必要になってしまいます。
腎臓が悪くなると、糖尿病の薬も含めて、ほかの病気の治療薬の使用が限られてしまう
という問題もありますので、なおさら困ります。
では、糖尿病性腎症を防ぐために血糖値をただただ低くすればよいのかというと、低血
糖発作は腎臓にも悪影響を与えると考えられますので、血糖値の下げすぎは禁物です。や
はり緩やかな安定した血糖コントロールがよいと思います。 そして高血圧も腎臓にダメージを与えるので、血圧のコントロールが必要です。血圧は
下げれば下げるほど腎臓にはよいことがわかっていますので、日本腎臓学会は、腎臓の悪
い人に限っては、血圧を上は130mmHg以下、下を80mmHg以下にすることを求めています。
そこで患者さんには糖尿病性腎症を防ぐためには血圧が大事ということを理解していただ
き、糖尿病治療とあわせて、血圧コントロールをします。
もう一つ必要なのは「薬を減らす」ことです。ほとんどの飲み薬は最終的には腎臓で処
理されますので、腎臓に負担をかけます。糖尿病に関していえば、こと腎臓への影響だけ
をみれば、飲み薬よりもインスリンのほうがまだよいとすら言われるほどです。インスリ
ンは腎臓の負担にならないからです。糖尿病の薬を何種類も飲んでいたのでは、高血糖に
よる腎臓への影響は減らすかもしれませんが、薬が腎臓を傷めつけることになります。そ
こで、できる限り薬の種類、用量を減らす努力をします。
こうした手立てをとりながら、腎臓の状態を慎重に見守ります。腎機能の基本的な状態
は、「推算GFR」で評価します。血液検査のクレアチニン(体の老廃物の一つ)値と年齢、
性別から、糸球体の働きがどれだけあるかを算出するもので、この数値が低いほど老廃物
を排泄する力が弱く、腎臓の状態が悪いと考えられます。推算GFRが落ちたときには、患者さんの状態や食生活など、あらゆる点を検討して、改善できる方法をとります。
そして、十分な対処をしても腎臓の機能が落ちてきたときは、腎臓の専門医と連携し、
悪化を防ぐための治療を受けていただきます。このような治療で、私のクリニックの患者
さんは人工透析になることなく、糖尿病の治療を続けることができています。
しかし今の医療では、いったん腎症になると悪化を防ぐのがせいぜいで、腎機能の改善
はなかなか難しいというのが、何よりも大きな問題です。そんな中、2011年7月28日
号の「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」誌に、今後の希望が持てる
発表がありました。腎症を改善する世界初の薬の研究が進んでいるというのです。
この研究ではかなり重症の腎臓障害を持つ人たち227人を、バルドキソロンメチルと
いう薬を飲むグループと偽薬(プラセポ)を飲むグループとに分けて、腎機能の変化を見
ました。約1年後、バルドキソロンメチルを飲んだグループは、偽薬のグループに比べて
3割ほど腎機能が改善していました。これまで、どのような手段を講じても、決して腎機
能が改善するということはなかったのですからこれは驚くべきことです。副作用として筋
けいれん、低マグネシウム血症、肝機能異常、胃腸障害がありましたが、いずれも軽いも
のだったとされています。

この薬については現在大規模に研究が進んでおり、2013年にはその結果が出るよう
です。この方面での研究が成功することを祈るものですし、腎機能について、毎日ひやひ
やしないですむときが一日も早く来るよう願っています。

動脈硬化のリスクファクターとは

ここからは最も重要な心筋梗塞と脳卒中を防ぐ糖尿病治療について考えてみましょう。
糖尿病で高脂血症、高血圧、喫煙している、心筋梗塞の家族歴があるときは心筋梗塞や
脳卒中になりやすい、特に中高年の男性は注意が必要だとよく言われます。
ここに挙げられたものは、フラミンガム研究という1940年代の終わりから始まり、
現在も続けられているアメリカの大規模な疫学研究の中であきらかになった動脈硬化のリ
スクファクターです。フラミンガム研究では、リスクファクターが重なり合うほど、動脈
硬化の危険が高まることもわかりました。高脂血症があると、そうではない人より4倍動
脈硬化の危険が高くなる、高脂血症と糖尿病があると危険は16倍に、高脂血症と糖尿病と
高血圧が重なっていると危険は32倍にもなると示されました。先に紹介したように、動脈
硬化が進むと心筋梗塞や脳卒中が起こります。それだけ命の危険が高まるわけです。そこでリスクファクターをスコア化し、統合して、10年後の心筋梗塞や危険な狭心症の
発症を予測するという方法(フラミンガム・リスクスコァ)で、危険度に応じた治療をする、
心筋梗塞や脳卒中の予防法が長年取り組まれてきました。
ところが次第に問題が出てきました。フラミンガム・リスクスコアで、点数が高い、つ
まりリスクが高い人は当然治療の対象になりますが、一方、点数がぐんと低い人は治療を
しなくてもよいといえます。ではグレーゾーンはどうなのか。つまり、どんな人をどう治
療すれば、最も効果的な予防法になるのかという問題です。
現実にはリスクファクターがさほど多くもなく、フラミンガムスコアが低めの人に心筋
梗塞や脳卒中が起きていて、フラミンガムスコアが高めの人には心筋梗塞や脳卒中は案外
少ないのです。
血糖値やコレステロール値、血圧の値は、個々の病気の問題としては大切だけれども、
体に与える影響や反応は人によって違う。そこで、その人の体がリスクファクターの重な
りをどのように受け止めるかのほうが、動脈硬化の進行や心筋梗塞・脳卒中の発症には強
くかかわるのではないかという考え方も成り立ちます。つまり、フラミンガムスコアに頼
った治療では、現実の心筋梗塞や脳卒中を防ぐことができないのではないかということになります。
それではどうやって心筋梗塞や脳卒中を防げばいいのでしょうか。
コペンハーゲン大学のフォーク博士の提案は、心臓CT、頚動脈エコー、ABI(足関
節上腕血圧比検査)という3つの検査をして、動脈硬化をまず見つけるということです。そ
して、これらの検査で動脈硬化が見つかり、それが進行しつつあるとわかった人に絞って
治療をしていったほうがよい、と「ランセット」誌のレポートで述べています。
これには私も大賛成です。まず症状がないうちに動脈硬化を見つけましょう、そして、
もし動脈硬化があったら、リスクファクターについて治療しましょうという、発想の転換
です。

症状のない動脈硬化を見つける検査

頚動脈エコー(IMT)は、首の太い血管、頚動脈の超音波検査で、モニターに映し出
された頚動脈の厚みや狭まり具合、プラークの状態などで、動脈硬化の様子を計測するこ
とができます。
頚動脈は左右の耳の下で触れることができる体の外側に位置した動脈ですが、そこにできる動脈硬化は心臓の冠動脈の動脈硬化と関連があって、双方の動脈硬化は8割がた比例
していることが研究で確かめられています。頚動脈の動脈硬化の状態を詳しく知ると、冠
動脈の動脈硬化も同じようになっていると考えられ、つまりは心筋梗塞にどれだけなりや
すいか、予測ができます。もちろん頚動脈の動脈硬化がわかることも大切です。頚動脈の
プラークが破れて血栓ができると、それが血流にのって脳に運ばれ、脳の血管を詰まらせ
て脳卒中を起こすおそれがあります。頚動脈の動脈硬化を知れば、そうしたタイプの脳卒
中を予防する治療ができるわけです。
エコーは首辺りに検査具を押し当てるだけという簡便さで、体に負担のない安全なもの
ですので、心筋梗塞のおそれがあるかどうかの振り分けをするために、私のクリニックで
は活用しています。糖尿病治療にもっと使われていい検査だと思います。
ABI(足関節上腕血圧比検査)は、血圧脈波検査装置によって、両足首と両上腕の4カ
所で同時に血圧を測定し、その比率を自動的に計算します。
ABIでは、足の血圧が腕の血圧より低いほどABI値が低くなるので、足の動脈の詰
まりや血流の状態がわかります。下肢閉塞性動脈硬化症の発見に役立ちますし、足の動脈
が詰まってきているということは冠動脈の動脈硬化も疑われるわけです。 血圧検査ですから、痛くもなく体に負担もなく、すぐに結果がわかりますから、私のク
リニックでは足の動脈の詰まりが心配な場合に受けていただくようにしています。またこ
の検査では動脈硬化の状況から「血管年齢」を算出することができます。60歳の方が80歳
の血管年齢だったなら、動脈硬化が進んでいて、より注意が必要とわかるわけです。
この二つの検査に加えて、私は心電図の所見も重要だと考えます。というのは、就寝中
に脈が遠くなる時間帯があって、そのときに心筋梗塞の兆候が出ることがあるのですが、
その兆候も24時間心電図の記録で知ることができるからです。そこで糖尿病の患者さんで、
動悸や胸の痛みなど、わずかな症状でもあったときは、費用はかかりますが、24時間心電
図で心臓の様子を確認することをすすめています。
さらに、頚動脈エコーやABIで冠動脈の動脈硬化が心配されるとき、あるいは24時間
心電図で心臓の異常が認められるときは、連携している循環器の病院で心臓CTを受ける
ことをおすすめします。
心臓CT(冠動脈CT)とは、X線照射で撮影した心臓の画像をコンピュータ上で展開
し、心臓を取り巻く冠動脈の状態や心臓の全体像を詳しく知ることのできる検査です。
この検査では冠動脈の動脈硬化が進み、プラークができているかどうか、そのプラークの質はどういうものか、冠動脈のどこが狭くなっているかがわかります。動脈硬化を発見
するだけでなく、それが心筋梗塞を起こす危険性があるかどうかも、かなりわかります。
X線照射ですから放射線を心配する方もいますが、機器の発達によって、かつてのX線
検査とは比較にならない微量の放射線ですんでいます。また、造影剤を使用するのでその
危険を心配する方もいますが、現在の造影剤は安心です。私のクリニックの患者さん1000人は、この検査を受けていますが、一人の事故も起きていませんし、腎機能が悪化したという例もありません。

心筋梗塞を予防する糖尿病治療

心臓CT、頚動脈エコー、ABIの3つの検査を組み合わせて、動脈硬化がわかり、24
時間心電図で心臓の様子を知ると、その結果に応じた糖尿病治療ができます。
患者さんが糖尿病だけであって、ほかの病気はなく、冠動脈の動脈硬化もないとわかれ
ば、血圧に気を配りながら、運動と食事をがんばっていただき、なるべく体に負担のない
糖尿病治療薬、できれば1種類、多くても2種類くらいの薬での血糖コントロールを行います。ただ、糖尿病の患者さんは、「糖尿病だけ」というケースは少なく、高血圧や高脂血症
を合併していることが多いのですが、そのときには患者さん1人ひとりに応じた判断によ
る治療となります。一つの例として、患者さんからもよく質問を受けるコレステロールに
ついて考えてみましょう。
糖尿病で、血圧が高い、悪玉コレステロール(LDL)も高い、しかも冠動脈の動脈硬
化が進んできている、こういう場合は、血糖値のコントロールだけでなく、生活改善をし
ながら血圧の治療と悪玉コレステロールを下げる治療が必要です。そのとき、コレステロ
ールを下げるために使うのはスタチンという薬です。スタチンは悪玉コレステロールを減
らす高い効果があるからです。
ただし、スタチンには、筋肉痛という副作用があります。製薬会社の見解では、スタチ
ンの副作用としてはまれに黄紋筋融解症があり、その場合は痛みがある、とされています。
しかし実際に使っていただくと、多くの方が腕やさまざまな部分の筋肉痛を訴えます。
たとえば、舌が痛くてたまらず、何年も耳鼻科に行っていたけれども治らないという患
者さんがいました。診察を重ね、ひょっとしたらと考えてスタチンをやめたところ、痛み
が消失したのです。最も多い痛みは上腕の痛みだと思いますが、その痛みがつらいときや生活に影響するときは、スタチンはやめます。そして、ほかの薬でコレステロールを下げ
ることを考えたり、あるいは生活改善と運動で善玉コレステロールを増やしたりといった
ほかの健康効果を得ていくことを検討します。
こうした経験からも、糖尿病で悪玉コレステロールは高いけれど、冠動脈の動脈硬化は
心配なさそうだというときは、私のクリニックでは、血糖コントロールをしながら、コレ
ステロールの薬はあわてて出さず、生活改善で様子をみることにしています。

心筋梗塞で手遅れにならないために

こうして心筋梗塞の早期発見に努めていると、心筋梗塞の発症がいかに多いか実感しま
す。しかもみなさんがまんされている。少々具合が悪くても、がんばって生活しているこ
とがよくわかります。
2012年3月の読売新聞に、「心筋梗塞による死亡率は、女性が男性の約2倍に上る
ことが、東北大の調査で分かった」という注目すべき記事が出ていました。たいへん重要
な内容だと思いますので引用します。発症率は男性の方が3倍弱高いが、女性は一般的に痛みに強いために我慢し、救急
搬送が遅れるのが要因とみられる。30年にわたり2万人以上を対象にした調査で、心
臓病の死亡率に明確な男女差が出たのは世界初とみられる。
同大が1979?2008年、心筋梗塞を治療する宮城県内43病院に調査した。発
症件数は男性1万6238人、女性6313人と、男性が3倍弱多かった。平均発症
年齢は男性65歳、女性75歳と、10歳の開きがあった。平均死亡率は男性が7・2%で、
女性は13・3%に上った。
発症から病院に運ばれるまでの時間は、男性(383人)が平均145分に対し、
女性(100人)は215分で、治療で血流が再開するまでは男性が225分、女性
が270分と差があった。
調査を担当した同大の伊藤健太准教授(循環器内科)は「女性の死亡率が高いのは、
発症年齢が男性より高いのに加え、女性のほうが痛みを我慢して救急車をなかなか呼
ばない傾向があるのではないか」と分析する。
心筋梗塞の発症予防は難しいため、「発症から2時間以内に治療すれば多くは助か
るようになってきた。胸に強い痛みを感じたら、すぐに救急車を呼んでほしい」と話している。
(2012年3月29日付読売新聞)
こうした現実があるからこそ、心筋梗塞を防ぐ糖尿病治療が重要だと思うのです。
症状のないうちに検査で動脈硬化を見つけ、冠動脈の詰まりがあるとわかったときは、
連携病院で血管内治療、いわゆるカテーテル治療を受けていただきます。
カテーテル治療は、手首あるいは足の付け根の動脈に管を挿入し、詰まった箇所まで通
して、そこに風船の付いた管(バルーンカテーテル)を入れ、風船を膨らませて血管を広げ
たり、ステントという網目状の器具を置いて血管が狭くなったりするのを防ぐ治療です。
また、アテレクトミーといって血管の詰まった部分を削るカテーテル治療もあります。進
行していた場合は外科手術を受けることもできます。また下肢閉塞性動脈硬化症が発見さ
れた場合も、同じような治療法があるので、足の切断といった大事には至hソません。
先の新聞記事では「心筋梗塞の発症予防は難しい」としていましたが、このようにして
動脈硬化を見つければ心筋梗塞の予防ができるのです。
私が心筋梗塞を防ぐ糖尿病治療の重要性を主張すると、「でも、日本人には心筋梗塞は少ないと聞きました、そんなに心配しなくてもいいのでは?」と言う方がいます。しかし、
現実には冠動脈が詰まっている方がたくさんいます。
日本人には心筋梗塞が少ない、特に女性に少ないというのは、数字の見かけ上のことで
はないかと思っています。

脳卒中のリスクファクターを滅らす

心筋梗塞を防ぐ糖尿病治療は、同時に脳卒中を防ぐ治療でもあります。
脳卒中には、脳の血管が詰まる「脳梗塞」、脳の血管が破れる「脳出血」や「くも膜下
出血」の大きく3つのタイプがありますが、全体の7割を占めるのは脳梗塞です。
脳梗塞は、主に脳の血管で動脈硬化が進み、血栓が詰まって起きます。心筋梗塞のよう
にその部分でプラークが破裂して血栓が詰まる場合と、心臓や頚動脈でできた血栓が血流
にのって脳に到達し、それが詰まってしまう場合とがあります。ですから、動脈硬化を進
行させない心筋梗塞を防ぐ治療が、結果的に脳梗塞を防ぐことにも役立つわけです。
ただ脳卒中の予防が難しいのは、心筋梗塞は症状の出ない段階で動脈硬化がわかった場
合、ステントを入れたりして対応できますが、脳の場合には、脳内の血管にステントなどが入れられないなど、有効な手立てがないからです。
脳ドックがあると思われるかもしれませんが、脳ドックでは脳梗塞にかかわる動脈硬化
の状態を知ることはできても、ほかにできることはわずかで、せいぜい血液をさらさらに
する薬を投与するくらいのことですから、脳梗塞の予防に役立つとはいえないのです。
脳ドックで発見されるのは動脈瘤です。脳動脈瘤が破裂すると、死亡率が40%にも及ぶ
くも膜下出血を起こします。これまでは世界的には、5?7ミリ以下の大きさの動脈瘤の
場合は破裂しにくいので心配ないとされてきましたが、日本人の場合はどうであるかはわ
かっておらず、実際に脳ドックで動脈瘤が見つかったときに治療すべきかどうか、ご本人
はもちろん医師も悩むところでした。
しかし2012年6月になって、「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシ
ン」誌に日本発の研究成果が発表されました。日本の患者さん、5720人の6697個
の脳動脈瘤を追跡調査した結果、大きさが7ミリを超えた脳動脈瘤の場合には破裂しやす
いという結論が導き出されたのです。ですから今後は、大きな脳動脈瘤が見つかった場合
には治療が検討されてよいと思います。ただし未破裂動脈瘤の治療は危険を伴い、後遺症
もしばしば問題になりますので、科学的根拠とその説明は必要欠くべからざるものですし、患者さんやご家族は納得の上で治療を受けていただきたいと思います。
では、脳卒中が起きてしまったらどうすればよいでしょう。どのタイプの脳卒中でも直
ちに治療を受けることが大切です。
くも膜下出血で破れた動脈瘤はかさぶたのように固まりますが、再破裂するおそれがあ
り、再破裂が起こると命を落とす危険性が高くなります。そこで、すぐに再破裂を防ぐ手
術を受ける必要があります。また、脳出血の場合は、出血を止めて広がらないようにする
治療が大切です。
脳卒中でいちばん多い脳梗塞も、発症後すぐに治療を始めることが重要です。なるべく
早くに血栓溶解薬を使い、血管を詰まらせている血栓を溶かして血流を再開させれば、脳
の機能を回復させて後遺症を残さないようにすることが期待できます。近年広まってきた
「tlPA」という血栓溶解薬による治療は、現在のところ脳梗塞発症後3時間以内のとき
に行われる治療です。ただ、海外ではt‐PAの治療は脳卒中発症後4時間半以内で有効
とされており、日本でも早晩、発症後4時間半以内で使えるようになると言われています。
また、発症後8時間以内であれば、カテーテル治療で血栓を取り除く方法もありますし、
後遺症を減らすための薬による治療もあります。こうした治療法の進展は心強い限りですが、脳卒中予防のためにできることも、もちろ
んあります。役立つのはリスクファクターを減らすことです。
脳卒中のリスクファクターの研究として紹介したいのは、2010年の「ランセット」
誌に報告されたインターストローク研究です。
2007年3月1日から2010年4月23日までの間に、22カ国で、急性の脳卒中を初
めて起こした患者さんを対象にし、3000例(2337人は虚血性脳卒中〈脳梗塞〉、66
3人は脳内出血)について解析をしたところ、高血圧の人はそうでない人に比べて2・64
倍脳卒中になりやすく、喫煙は2・09倍、内臓肥満(ウエスト・ヒップ比)は1・65倍、問
題ある食事は1・51倍、アルコールは1・51倍、糖尿病は1・36倍、ストレスは1・3倍、
うつ病は1・35倍、心臓病は2・38倍、画質異常は1・89倍脳卒中になりやすくなります。
逆に運動をしている人はO・69倍ですから、それだけ脳卒中になりにくいという結果でし
た。そしてこれらの10個の因子で、88・1%のリスクを説明できるとしています。
ほかの研究も参考にした結果、脳卒中のリスクとしては、運動不足、糖尿病、アルコー
ル、ストレス、うつ病、内臓肥満、心臓病、食事が大きいと考えており、患者さんにも脳
卒中予防のためにこれらに気を配りましょうと呼びかけています。 もう一つ大切なのは、糖尿病の前段階である「境界型」の段階から対処して、血糖値を
これ以上高くしない、糖尿病にしないことが脳卒中予防になるということです。
2012年3月に発表された北マンハッタン研究では、糖尿病になってからの長さが、
脳卒中のリスクファクターとなるという結果を出しています。
この研究では脳卒中の既往のない、平均年齢69歳の人たち3298人を、9年間追跡調
査しています。研究開始時には、糖尿病の人が22%いて、研究期間中に10%の人が新たに
糖尿病になりましたが、両者とも、つまり糖尿病があった場合も、あとから糖尿病になっ
た場合も、脳卒中のリスクは約2・5倍に上昇していました。
そして、糖尿病の罹患期間1年あたり、3%ずつ脳卒中のリスクが上昇しており、糖尿
病になっていなかった場合と比べ、O?5年の罹病期間の人は1・7倍、5?10年では
1・8倍、10年以上では3・2倍、脳卒中が増えていたのです。
この研究結果からわかるのは、糖尿病の期間を短くすると、脳卒中を予防できそうだと
いうことです。そこで、ぜひ利用していただきたいのが特定健診です。
40歳から74歳までの人を対象にした特定健診は、検査項目の設定の仕方や、特に腹囲の
基準値への疑問、制度全体への疑問も出されています。しかし、HbA1cを測りますから、糖尿病のチェックとしてはとても意味があります。特定健診で糖尿病予備軍と指摘さ
れたら、ぜひ精密検査を受け、早い段階で糖尿病を防ぎましょう。

低血糖を防いで心筋梗塞、脳卒中を予防する

心筋梗塞や脳卒中を防ぐことを目的とした糖尿病治療の基本は、HbA1c7・4%
(JDS値7%)以下を保ち、薬やインスリンで無理やり6・5%以下にはしない、低血糖
を起こさない緩やかな血糖コントロールです。
2011年、こんな動物実験が報告されました。糖尿病のラットで、低血糖を誘発した
ラットと低血糖にしなかったラットを脳梗塞状態にして比較したところ、低血糖誘発ラッ
トは、低血糖のない場合に比べて、44%も脳の障害程度が重かったというのです。あくま
で動物実験ですから安直に人間にあてはめることはできませんが、人間でも、脳卒中の程
度は重症化する可能性があると思います。
厳しい血糖コントロールで低血糖になると、その反動で高血糖になるときがあります。
低血糖になれば血糖値を上げようとし、高血糖になれば血糖値を下げようとする、それは
機能の維持安定を求める人間の体の自然な反応だからです。ですから、絶え間ざる低血糖にさらされていると、血糖値は乱高下します。それは心臓病を増やすほどの影響があるのですから、細い血管にも当然影響するでしょうし、ひいて
は三大合併症にも悪影響を与えるだろうと考えています。今、世界レベルでは低血糖学が
始まっていますので、今後、低血糖の問題の解明がさらに進んでいくでしょう。

糖尿病に厳しい食事指導は必要か?

糖尿病の予防と治療のためには、禁煙とバランスのよい食事、継続的な運動が大切です。
たばこの害は糖尿病だけでなく、あらゆる病気であきらかです。栄養バランスの悪い食
事や食べすぎ、そして運動不足は肥満をつくり出し、あるいは外見的には肥満に見えなく
ても内臓脂肪をためこませ、インスリンの効きを悪くして、糖尿病やほかの生活習慣病を
招きます。健康のためには禁煙と食事の改善、運動が欠かせません。
というと、読者のみなさんの中には、またあの厳しい食事指導のお説教かと顔をしかめ
る方もおられることでしょう。
糖尿病専門医を受診すると、食事指導では「適正なエネルギー量とバランスよく栄養素
を配分するために」として、食品交換表を使うよう言われます。この方法があまりにも複
雑です。約600品目の食品が6つの群に分けられていて、1食品につき、80キロカロリ
ーを1単位として、それに相当する分量が示されています。それを群ごとに何単位食べて
いいか、決められた量を計算して献立を立てろというのです。
人間は病気治療のために生きているわけではありません。図らずも糖尿病になってしま
った、治したいと病院に足を運んでいるのに、実行が困難な課題を押し付けられる。そして、できないと正直に言ったら叱られるのでは、何のための治療かということになります。
本人にも家族にもたいへんな負担であるこの食事法が嫌で、治療から遠のいてしまう患者
さんも少なくありません。厳しい食事療法をがんばってやり続けている患者さんもいます
が、ご本人、ご家族のストレスはいかぱかりかと心配です。
そもそも食事とは、ただ生きるために食べものを摂取することではないと思います。家
族や友人、知人と食卓をともにして過ごす時間はとても大切です。人生の幸せのIつとい
ってもいいでしょう。ですから私は、糖尿病患者さんへの食事指導は、食べすぎないこと、
栄養バランスをよくすることという簡単な、実行可能な注意だけにしています。
そして1日1600キロカロリー以下を念頭に置くことをおすすめして、製薬会社が発
行している糖尿病患者さんのためのレシピ冊子を紹介しています。この冊子には食品交換
表の紹介もありますが、メインはメニューで、きれいなカラー写真で示された料理のレシ
ピが記されているので、これだったら食べてみたいなと思えると患者さんにも好評です。
この冊子をきっかけに、ご自分で本格的な「1600キロカロリー食のレシピ本」を購入
される方も多く、患者さんそれぞれが、がんばっておられます。
血糖値や体重の推移を見ていますと、患者さんのがんばりがわかりますから、その努力を評価し励ますと、患者さんはますますやる気になります。
「きのうは宴会で、飲みすぎちやって」ということもありますが、そうしたことも笑って
話せる診察室です。そのうえで、食に関する正しい健康情報をお伝えし、うまく食事に取
り入れていただこうというのが私の方針です。

糖質制限食を考える

厳しい血糖コントロールや実行が難しい食事指導は、患者さんを糖尿病専門医から遠ざ
けますし、たとえ通院していても、医者の前では本当の気持ちを言わない、言えないよう
では医師と患者さんとのコミュニケーションはとれません。それだけではありません。極
端な食事療法へと患者さんを追い込むこともあります。
しいたけがいい、いや大根だとそればかり食べて栄養バランスがおろそかになったり、
高価なローヤルゼリーにお金をつぎ込んだり、なかには「血糖値が下がる水」というまる
で魔法のような水を買い求めたりする人もいると聞きます。そういった患者さんを糖尿病
専門医は簡単に批判しますが、こういう行動を生み出す原因をもっと考えるべきです。
根拠のない、おかしな食事法とは一線を画すものとして、近ごろ新聞や雑誌などで取り上げられ、本もたくさん出ているのが、「糖質制限食」です。
糖質制限食はご飯やパン、麺類、甘いもの、果物などの糖質を制限し、肉や魚、野菜な
どを積極的に食べるという食事法です。この食事法はもともと、米国のロバート・アトキ
ンス博士が1970年代に提案したダイエット法で、糖質の摂取を減らすことで脂肪がエ
ネルギーとして利用され、体脂肪を減らしてやせられるというものです。
炭水化物を減らし、糖質を減らす食事は、確かに一時的なダイエット効果はあると思い
ます。ただその効果や影響について検証はされていなかったのですが、2008年に実験
結果が報告されました。
カロリー制限をした低脂肪食と地中海食(脂肪はやや多め、オリーブオイルを主に使用する)
と、そしてカロリー制限をしない低炭水化物食(糖質制限食)とで、体重に対する効果は
どうかを比較した研究結果が、2008年7月の「ニューイングランド・ジャーナル・オ
ブ・メディシン」誌に発表されたのです。この論文については前著『インスリン注射も食
事制限もいらない 糖尿病最新療法』でも詳しく紹介しました。
結果は最初の5ヵ月で、低脂肪食と地中海食では5kg、低炭水化物食では7kg、体重が
減少しましたが、2年たってみると、低脂防食は34、地中海食、低炭水化物食はそれぞれ5kgの体重減少でした。結局、どの食事でもそれを守り続けると少しの体重減少があっ
て、画質代謝にもいい影響があったというもので、結論としてはどの食事法も体重に対す
る効果は限定的だという悲観的なものでした。
ただ、インスリン抵抗性という点では地中海食に分がありましたが、全体としては低炭
水化物食がかなり健闘したという印象を受けました。そこで前著にも「総カロリーを制限
しない食事であったのに、ほかのカロリー制限をした食事と同じくらいまで体重減少を誘
発できたわけですから、多くの人から支持を受ける可能性を大いに感じます」と書いたの
です。
これは2009年の段階で、また減量のみについて書いたわけですが、その後、糖質制
限食は、日本でも糖尿病治療として支持を得ていきました。
ところで、糖質制限食と低炭水化物食はイコールなのかという質問を受けます。糖質と
は、ブドウ糖や果糖、麦芽糖、蔗糖などの甘いものと、穀類やイモ類のでんぷん、セルロ
ースなど一部の食物繊維のことで、一方、炭水化物は糖質とすべての食物繊維の合計です。
ですから低炭水化物食イコール低糖質食、つまり糖質制限食ということになります。
以下、いくつかの研究を紹介しますが、低炭水化物食を対象としている研究と糖質制限食を対象としている研究が混ざっているので、混乱をしないよう、ここでは便宜的にすべ
て「糖質制限食」として紹介していきます。
糖質制限食の魅力は、一言で言えば「カロリー制限なしでやせる」ということ。肥満や
内臓脂肪の蓄積した人の場合、減量をすればすぐに内臓脂肪が減らせ、それがインスリン
抵抗性の改善につながり、高血糖が改善されるのですからありがたい限りです。アメリカ
の糖尿病学会(ADA)ではその効果を認め、2008年から糖質制限食を一定評価して
います。
丁万、日本の糖尿病専門医の多くは、糖質制限食に対して懐疑的な考えを持つ人が多い
ようですが、糖尿病治療では、これまで常識と思われていたようなことも、実はまったく
検証されていなかったということがあります。その代表例は一章で紹介したアコード試験
で、「血糖を正常化させたら、命が永らえる」という当然と思われていた命題にそって研
究がされた結果、実は間違っていたとわかりました。ですから、糖質制限食についても検
証もせずに一方的に排斥するのはおかしなことだと私は思います。
今回、糖質制限食について調べる中で、糖質制限食を実践しているノンフィクション作
家、桐山秀樹氏の『「糖尿病治療」の深い間』(東洋経済新報社)という本をたいへん興味深く読みました。科学的にはいかがかと思われる記述は散見されましたし、糖質制限食で
うまくいった例のみを提出する手法にも疑問はありましたが、それをも超えて、患者さん
の視点から現在の日本の糖尿病治療の矛盾や問題を挟り出した労作として圧倒される思い
でした。桐山氏の迫力ある筆致で糖質制限食のよさが描かれると、血糖コントロールがな
かなかうまくいかない患者さんには、糖質制限食をやってみる価値があるのではないかと
も思ったほどです。
ただし、ここで忘れてならないのは、治療の最終的な目的をどこに置くかということで
す。
「血糖値を下げるだけ」が目的ならば、糖質制限食で十分目的は達成されたことになり、
喜ばしいことです。しかしながら、たとえば糖質制限食で命が永らえるのか、心筋梗塞が
予防できるのか、寝たきりを予防できるのか、という命題については、なんの根拠も示さ
れていません。ひょっとしたら、がんを増やすかもしれないのです。それは脅しではあり
ません。最近の研究では、がんは血糖のない環境で選択されて出てくる?正常細胞は血
糖のない環境では淘汰されてしまうけれども、がんはむしろ増殖のシステムを整えて出て
くることが解明されてきています。ですから体内で糖が少ない状況がつくられると、がんが発症する可能性は否定できません。ましてや、ランダムに何十人かを選んで、糖質制限
食とそうでない食事をした場合の1年後の血糖値や体重に統計的な差はあるのかどうか、
きちんとした疫学調査はまだ行われていません。わからないことがあまりにも多いのです。

糖質制限食は短期間にしておきたい

「糖質制限食が、2型糖尿病において体重と血糖コントロールに与える影響」という20
11年の論文があります。
これは2000年1月1日から2010年1月1日までに発表された質の高い研究結果
を統合して評価した論文です。それによると、2型糖尿病患者に糖質制限食を行いり一週間
以上観察した比較研究をしたところ、5つの論文において、糖質制限食は体重減少を顕著
に認めましたが、4つの研究では体重減少は確認されず、最も長期間の研究では体重減少
は確認されませんでした。そしてわずか二つの研究で、HbA1cがはっきりと低下した
ことが確認されました。結論として、長期にわたる糖質制限食では、体重とHbA1cに
ついては、一定の減少傾向を見出せなかったということが述べられています。
治療の目的から見ると重大な懸念が提出されている研究結果もあります。 2010年「アナルズ・オブ・インターナル・メディシン」誌に発表されたハーバード
大学の研究の報告では、糖質制限食は12%、死亡リスクを増大させていることがわかりま
した。
女性8万5000人、男性4万4000人を20?26年追跡した調査ですが、糖質制限食
をしている人のうちで動物性の食事をしている人は、一般的な食事の人に比べて全死亡リ
スクが23%増加し、心血管死は14%の増加、がんも28%増加していました。一方、糖質制
限食の人で、植物性の食事をしている場合は一般的な食事の人に比べて全死亡リスクは
20%低下、23%の心血管死の低下がありました。
結果として、なべて糖質制限食を見た場合には死亡リスクをやや上げる傾向があること
がわかりました。そして糖質制限食の肉中心の食事は非常に問題で、行うなら豆や野菜な
どの植物性のものを多くとるとよいということになhソます。
このほか、これまでにもいくつかの研究で糖質制限食は短期的にはよいが、長期になる
と死亡率が高まるという結果が出ていたのですが、2012年6月、注目すべき報告が
「BMJ」誌に発表されました。
長期的に糖質制限食をしていると、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患になる率が統計的にあきらかに高くなることがわかったというのです。
この研究はギリシャ、アテネ大学のパゴナ・ラギオ氏らの国際研究グループがスウェー
デンのウプサラ在住の女性を対象に行ったものです。1991?92年に30?49歳だった女
性から10万人弱の人をランダムに選び、ライフスタイル、身長や体重、主要な疾患、身体
活動量、過去半年間の食物摂取頻度、飲酒歴、喫煙歴など、詳しくたずねるアンケートを
送付して、答えが得られた人のうち、4万3396人のその後を、平均15・7年間追跡調
査しました。期間中、心血管疾患は1270人に起きました。内訳は、心筋梗塞などの虚
血性心疾患が703人、虚血性脳卒中が294人、出血性脳卒中が70人、くも膜下出血が
121人、末梢動脈病変が82人でした。
この研究では心血管疾患と食事との関係を見ています。まず、糖質摂取量によって摂取
量が多い順に10段階にグループ分けして点数化(糖質摂取が少ないほど、点数は上がる)、タ
ンパク質摂取量については摂取量が少ない順に10段階にグループ分けをして点数化(タン
パク質摂取が多いほど、点数は上がる)しました。そして個々人についてこれらの点数を統合
します。すると低糖質‐高タンパクほど点数は上がるわけですが、その数字と、心血管疾
患になるリスクを計算したのです。結果としては、糖質摂取量がI段階減少すると心血管疾患のリスクは4%上がり、タンパク質摂取量がI段階増加すると同じく4%、心血管疾患のリスクが上がりました。つま
り糖質を食べない食事ほど、タンパク質を多くとる食事ほど心血管疾患の危険が高まるわ
けです。そして、低糖質‐高タンパクの数値が2上がる(これは、糖質を20g減らし、タンパ
ク質を5g増やしたのと同じと計算されています)ごとに5%ずつ、心血管疾患のリスクが上
昇しました。しかも、糖質‐タンパク質摂取の標準的なグループに比べて、最も低糖質‐高
タンパク質となったグループでは心血管疾患のリスクは60%も高くなることがわかったの
です。
この研究で対象にした人たちの食事では、いちばん糖質を制限した人の場合でも、食事
全体に占める糖質のカロリーは32%でした。いわゆる糖質制限食では、全体に占める糖質
のカロリーを15%以下に求めていますから、それよりはずいぶん緩やかな糖質制限食とい
えます。それでさえ、低糖質‐高タンパクになると心血管疾患のリスクがこれほど高くな
ったわけです。
この研究の結果を含めていくつかの研究の成果を見てくると、巷でいわれるような「甘
いソースでなければステーキでもしゃぶしゃぶでも好きなだけ食べていいのが糖質制限食」では、心血管疾患のリスクを高めてしまうわけで、まったく間違った食事法だと言わ
ざるをえません。
結論からいえば、糖尿病患者さんに関しては、血糖値がとても高いときに緊急避難的に
短期間、せいぜい3ヵ月くらいなら、糖質制限をして血糖を下げるのは悪くないかもしれ
ない、ととらえてもいいでしょう。ただし、ダイエットであれ、糖尿病治療であれ、命の
観点から、糖質制限食は決して長く続けるべきではないと考えます。野菜、果物、穀物な
どに含まれている糖質は、血管に保護的に働くと思われますが、糖質制限食ではこうした
ものまで制限されてしまうことが問題と考えられています。
以上のように糖質制限食について私の考えをまとめたあと、タイミングよく「日本糖尿
病学会が「極端な糖質制限は健康被害をもたらす危険がある」との見解を示した」という
新聞報道(2012年7月27日付読売新聞)がありました。日本糖尿病学会の門脇孝理事長
が取材に応じ、「炭水化物を総摂取カロリーの40%未満に抑える極端な糖質制限は、脂質
やタンパク質の過剰摂取につながることが多い。短期的にはケトン血症や脱水、長期的に
は腎症、心筋梗塞や脳卒中、発がんなどの危険性を高める恐れがある」として、「一部で
広まっている糖質制限は、糖尿病や合併症の重症度によっては生命の危険さえあり、すすめられない」とコメントしたとのこと。質の高いエビデンスに基づく賢明な発言と受け止
めます。
ただし、糖質制限食で血糖が下がることは間違いがありませんので、とても血糖が高い
方で、どうしてもインスリン治療が受け入れられないという方の場合、緊急避難的に糖質
制限食を数カ月試すことは問題ない範囲と考えます。

魚と野菜をもっとたくさん

栄養バランスのよい食事を食べすぎないで楽しむーこれが糖尿病の予防や治療のため
の食事であり、健康のための食事です。
動物性脂肪のとりすぎ、エネルギー過多の食事にしないように意識したいのですが、積
極的にとりいれたいのは、魚と食物繊維豊富な野菜や乾物です。
魚の油が健康にいいことはよく知られ、ご存知の方が多いと思います。魚の脂肪に含ま
れているDHAやEPAは今や健康食品にもなっていますが、動脈硬化予防に役立ち、た
くさん摂取すると心筋梗塞になりにくいことがわかっています。
そもそもは、グリーンランド(デンマーク領)に住んでいるイヌイットには心筋梗塞がとても少なかったのですが、グリーンランドを離れてデンマークに居住するようになると
デンマーク人とほぽ同じ率で心筋梗塞を起こすようになることから、魚やアザラシを主食
としたグリーンランドでのイヌイットの食事が注目されたのです。そして魚やアザラシの
脂肪成分が、心筋梗塞を予防しており、脂肪成分を分析してDHAやEPAの重要性がわ
かってきたという経過があります。
最近のハーバード大学の研究では、魚をたくさん食べていると脳卒中も予防できるとい
うことがわかりました。心筋梗塞も脳卒中も防げるということになるわけですから、魚を
豊富に食べられる環境にある日本に住む私たちにとってはとてもいいニュースです。
この研究は、これまでに発表された15の研究成果をもとに解析したものです。それぞれ
の研究は、どれくらいの頻度で魚を食べたのかを調査しており、観察期間は4年から30年
にも及んでいます。わかったことは、?週間の食事で3回以上魚を食べる機会があると、
そうでない人に比べ、脳卒中が6%減少するということです。最も魚を多く食べるグルー
プでは、なんと12%も脳卒中が減少していました。
DHAやEPAが豊富に含まれる魚の代表といえば、イワシ、マグロ、サバ、ブリ、サ
ンマ、ウナギ、サケなどです。私の住む北海道ではサンマもサケもたくさん捕れ、大量に流通していますので、うれしい限りです。おいしくいただき、心筋梗塞と脳卒中が予防で
きるとなれば、こんなにいいことはありません。
しかも日本人の長寿には、DHAやEPAが関与しているという可能性が指摘されてい
ます。順天堂大学の研究ですが、DHAやEPAは血圧を低くし、インスリン抵抗性を改
善させることがわかり、それが結果的に長寿につながるような作用をしているというので
す。ただしこうした効用は、血液中のEPAの濃度がかなり高いために得られる作用で、
魚をたくさん食べているからこそ得られるのだということもわかりました。
ところが日本人の若い世代では血液中のEPAの濃度が下がってきています。これから
の日本人は長寿とは言えなくなるかもしれません。魚をたくさん食べて健康長寿を実現で
きる、このすばらしい日本の環境と習慣は、もっと伝え広めていいことだと思います。
魚と並んで、積極的に食べたいのが野菜や乾物類です。野菜や乾物類には食物繊維がた
くさん含まれています。
食物繊維はブドウ糖の吸収を緩やかにするので、食後、一気に血糖値が上昇するのを防
ぎますし、コレステロールの吸収も抑制します。また腸内細菌を活性化させたり有害な物
質を排泄したりする働きも見逃せません。加えて、糖尿病をはじめとする生活習慣病の予防や改善に役立ちますし、便秘解消からがん予防までさまざまな健康効果をもたらします。
糖尿病の患者さんにおいても、食物繊維を多くとっている人ほど、朝食前血糖値やHbA1cが低くなり、肥満も防げているという研究結果も出ています。
また、食事のとり方のちょっとしたコツもあります。食事の最初に野菜を食べて、そし
てすべての食べものをよくかんで食べると、糖尿病患者さんのHbA1cが下がり、血糖
の変動も減ることを大阪府立大学の今井佐恵子氏らは見出しています。
野菜たっぷりの食事で、かつ、まず野菜から食べるようにすれば、食物繊維もたっぷり
とれるので、糖尿病患者さんはもちろん、そうでない方にも、健康にいいことは間違いな
いと思います。
まず1日15分のウォーキングから
糖尿病の予防と治療でぜひおすすめしたいのは運動です。継続的に行えるのならどんな
運動でもいいと思いますが、これまで運動に縁のなかった人、何をしたらよいかわからな
いという人にはまず、歩くことをおすすめします。
ヒポクラテスは、歩くことは人間にとって最良の薬であると述べていますが、けだし至言で、歩くことの健康効果は計り知れないものがあります。それも1日15分でもいいとい
うのなら、やってみる気になると思います。
世界保健機関(WHO)は健康のためには、強めの運動を含め1週間に150分、つま
り2時間半を習慣にすることを推奨しています。しかしもっと手軽に、軽めの運動を1日
15分、これを続けることでも健康効果はあるという報告が、2011年10月1日号の「ラ
ンセット」誌に掲載されたのです。
およそ41万人もの人(20万人の男性と21万人の女性)を対象にし、1996?2008年
の間で平均8年間追跡をした、台湾国立医療研究所のチーパン・ウェン博士らの研究です。
調査はアンケート形式で、運動強度を、ほとんどしない、低いレベル、中等度のレベル、
高いレベル、非常に高いレベルの5段階に分けて、どの運動強度でどのくらい行ったかを
記入してもらっています。すると、「ほとんどしない」グループに比較して、低いレベル
の運動を週に92分、つまり1日あたり、ほぽ15分の運動をする人は14%の死亡率の減少が
認められ、3年長生きであることがわかりました。そして1日あたりの運動量が15分伸び
るごとに、死亡率はさらに4%ずつ低下し、がんによる死亡も10%減少することがわかったのです。

この運動による効果は、すべての年齢でみられ、男女差はありませんでした。また、心
血管疾患のリスクのある人にも、運動の効果は認められることがわかりました。
「少ない時間であるとも気にするな、それを続けることが大切だ」というのが運動療法の
基本であることが証明された、とても重要な研究だと思いました。
この研究成果を踏まえれば、どうしても時間がない、運動をしたくないという人でも、
1日15分の運動をやってみることが理にかなっていると、ご理解いただけると思います。
低いレベルの運動強度でよいわけですから、まずはスニーカーを履いて外に出てみましょう。

うつも、認知症も、運動で改善する

歩くことの効果、運動の効果は多彩です。
もちろん糖尿病をはじめとする生活習慣病の予防と治療のほか、心肺の機能を強化する
効果もありますし、骨を強くして骨粗しょう症を予防する効果もあります。
うつ病にも運動が効果ありです。2011年8月31日付の「ニューヨーク・タイムズ」
にうつ病と運動療法の記事が掲載されていました。うつ病の治療では、たとえ何カ月も薬を飲んでも、回復するのは患者さんの半数に満た
ないといいます。薬としてはSSRIがまず選ばれ、しかし効果がないということで、別
の薬、たとえばリチウム類を追加する場合が多いのですが、それでも20?30%の人にしか
効果がなく、重い副作用が出るといった問題もあります。
そこで米国テキサス大学のトリベディ博士は、運動療法の研究を行いました。重症のう
つの患者さんの中で、散歩に出ると気分がよくなるという人が何人もいることから着想を
得ての研究です。
抗うつ薬を2ヵ月間飲んでも回復しなかった、うつの患者さん126人を、二つのグル
ープに分けて、SSRIによる治療を受けながら運動をしてもらうという方法です。一つ
のグループは、1日10分程度のウォーキングなどのとても軽い運動をし、もう一つのグル
ープは、1時間あたり6・4kmの速度で30分ほど歩くという、かなり激しい運動をします。
薬を飲みながら4ヵ月、この運動療法を継続したところ、全体で29・5%もの人がうつ病
から回復しました。これはSSRIに別の薬を加えた場合の治療を上回る成績でした。二
つのグループでは激しい運動をしたグループのほうが回復率は高いものの、途中で運動療
法をやめてしまう人が多いというジレンマも報告されています。やはり、運動は継続することが大切ですから、軽い運動でもまず始めてみることが、う
つの治療にもよいということになりそうです。
運動は人間の記憶装置を大きくし、認知症の予防改善をする効果があることもわかって
きました。
認知力の低下がなぜ起きるのか、それは、年をとると人間の記憶装置として働いている
脳の海馬という部分が徐々に小さくなるからだとされています。海馬の大きさは1年に
I?2%程度、だれでも小さくなることが、MRI(磁気共鳴画像装匿)検査でわかってい
ます。そこで、この縮小に歯止めをかける方法はないかということが、とても大きな研究
課題となっているわけです。
これまで運動能力の高い人は、海馬の体積が大きいことが知られていましたし、運動を
すると海馬の血流がよくなることもわかっていました。しかし実際のところ、高齢者が運
動をすると海馬にどう影響するのかはまったくわかっていませんでした。
ところが、ピッツバーグ大学の研究チームが2011年2月に発表した研究結果で、運
動が海馬を大きくすることがわかったのです。
平均年齢67歳の認知症ではない健康な人120人を、二つのグループに分けて行われた研究です。一つのグループは運動グループとして1回40分のウォーキングを、もう一つの
グループは運動をしないグループとしてストレッチだけを、それぞれ週3回、1年間続け
てもらいました。
すると、運動グループでは海馬の体積が2%増加し、ストレッチだけのグループでは海
馬の体積が1?2%減少していたのです。つまり、運動は認知症予防にいいということが
鮮明に示されたわけです。昨今運動が認知症予防にいいといわれていますが、この研究の
成果が果たした役割はきわめて大きいと思います。

運動がなぜ健康にいいのか

さて、運動をすると心身にさまざまな健康効果が得られます。ということは、筋肉には
未知なる物質ができる機構があって、それが運動とともに放出されて体によい影響を与え
るのではないかと考えることができます。そうした未知なる物質をつくる力が筋肉にはあ
るので、老化で筋肉が衰えると健康が損なわれることになるし、逆に高齢でも運動をして
いると若々しくいられるのではないか。従来から私はこう考え、一つの仮説として患者さ
んにもお話ししてきました。最近、私のこの仮説を証明する形の研究成果が発表され、運動が糖尿病をはじめとする
生活習慣病の予防と治療に効果があることが分子レベルであきらかになってきました。
運動という刺激によって、筋肉から放出される新規のホルモンが発見され、このホルモ
ンが健康に有用なものだとわかったのです。これは2012年1月H日号の「ネイチャ
ー」誌、4月19日号の「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」誌に発表
された米国ボストン大学のボストレーム博士とダナ・ファーバーがん研究所のシュピーゲ
ルマン博士らの研究です。
新しく発見されたホルモンはイリシンと名付けられました。イリシンは脂肪細胞に作用
して、脂肪細胞の働きを変えます。脂肪細胞には、脂肪をたくわえる働きの白色脂肪細胞
と、脂肪を燃焼させる褐色脂肪細胞の2種類があります。イリシンは白色脂肪細胞に作用
して、これを褐色脂肪細胞に変えるのです。つまり運動することで脂肪が燃焼して、やせ
るし、たまった脂肪が悪さをするメタボリックシンドロームの状態が改善するというわけ
です。10週間の運動をすると、人間ではイリシンの濃度が2倍になることも判明したとい
います。
この研究ではイリシンの動物実験も行われています。肥満で、耐糖能異常(っまり糖尿病予備軍)のマウスにイリシンを注入したところ、血糖値とインスリンの量が改善し、体
重もわずかではありますが、減少したということです。
この研究結果が検証されていけば、今後、イリシンの濃度を測定することで運動の程度
もわかるようになりますし、イリシンがなかなか上昇しない人や脳卒中で運動ができない
人にイリシンを投与するという発展も望めるかもしれません。
いずれにしてもこの研究は、運動の効果が初めて分子レベルで語られたという点で、大
きな意義があると思います。これを知れば、運動は本当に体にいいということが納得させ
られ、やってみようかという気になるのではないでしょうか。
とはいえ、実際に運動をするとなると一人ではなかなか難しく、地域での協力が欠かせ
ないという意見がヨーロッパの研究からは出ています。
私もまったくこれに賛同します。まずは歩くことから、そのときに、たとえばいつかは
地域のマラソン大会に出ようといった目標があるとやる気が出ます。あるいはパークゴル
フ、ゲートボール、ミニバレーなど、仲間を募っての運動もたくさんあります。幸い、私
の住む北見市はそうした地域の活動がとても盛んで、みなさん楽しんでおられます。各地
でそうした地域活動が展開されるとよいと思います。締めくくりに、食事の改善と運動で、糖尿病が予防できるという研究を紹介します。
中国のリー博士らは、中国33ヵ所のクリニックで577人の耐糖能異常、つまり糖尿病
予備軍の方を対象に、食事、運動療法を行うグループと何もしないグループとに分け、1986年から1992年までそれを続け、20年経過した2006年にどの程度の糖尿病発
症予防効果があったのかを検討しました。
結果として食事、運動療法をしたグループは何もしないグループに比べ、治療期間中の
6年間で51%の糖尿病発症予防効果が、20年の全体の研究期間では43%の糖尿病発症予防
効果がありました。
1年あたりの糖尿病の発症率は、食事、運動療法をしたグループで7%、しなかったグループで11%でした。運動、食事療法を6年間受けたグループでは、20年の期間で、3・
6年、糖尿病罹病期間が短くなることがわかりました。
やはり境界型糖尿病のレベルであれば、早めに運動と食事療法を始めることは、糖尿病
発症を予防するいい手立てであることは間違いないようです。

患者を叱りとばすのが糖尿病治療?

糖尿病は、一生付き合っていかなければならない病気です。
糖尿病によって起こる動脈硬化を、心筋梗塞や脳卒中などの大血管病を防ぎ、そのほか
のさまざまな合併症を防ぐためには、長期にわたり血糖をコントロールしていく必要があ
ります。しかしこれは適切な治療を行っていれば、糖尿病であっても命を永らえ、合併症
に悩まされることなく、快適な生活を送れるということなのです。ですから、医師は患者
さんを支え、体の状態に常に気を配り、それぞれの生活にも配慮したきめ細かな対応を続
ける必要があります。
ところが現実には、これほど医療制度が整っている日本でさえ、見逃されている糖尿病
や気づかれない合併症があります。
先日もこんなことがありました。92歳の男性Bさんが、転院されてきました。長年、糖尿病専門医のもとで治療を受けており、2009年からはインスリン注射を打っていまし
た。朝り一単位、夕方6単位のインスリン注射です。ところがBさんはこの1年ほど、どう
も足がふらついて、それがつらくてならないといいます。これまでの主治医に訴えても
「年のせいでしょう」と相手にされず、整形外科も受診してみたけれど、そこでも「高齢だから仕方ない」と言われたのだそうです。Bさんとしてはどうしても納得がいかず、私
のクリニックにやってきたというわけです。
その場で、四章で紹介した足の動脈硬化を調べることができるABI(足関節上腕血圧比
検査)をおすすめし、受けていただきました。すると両足の動脈が詰まっている疑いが出
ました。そこで連携している循環器内科の病院を紹介、さっそく行っていただき精密検査
を受けたところ、右足は大丈夫でしたが、左足の下肢閉塞性動脈硬化症が発見されました。
幸い、カテーテル治療で動脈を開くことができ、足の切断などという事態にならずにすみ、
ほっとしました。
今、Bさんは足のふらつきがなくなりとても快適だとい
い、笑顔で外来に通ってこられ
ます。もともと日常生活も自立しておられる、インスリンの自己注射もきちんとできる方
ですから、足の問題がなくなりますます元気になりました。患者さんの訴えに耳を傾ける
ことがいかに重要か、あらためて思いましたし、大事に至ることなく治療を受けていただ
けたことは医師として、とてもうれしいことです。
同じように転院してこられた患者さんの下肢閉塞性動脈硬化症を発見したり、ほかの合
併症を見つけたり、あるいは、厳しい血糖コントロールの副作用で低血糖に苦しんでいる状態を改善したりということは私の診療の中では、まれではありません。
Bさんのように医療機関に通院しながら、訴えを聞いてもらえないということはよくあ
りますし、それどころか日本の糖尿病治療では患者さんの顔も見ず、話も聞かない、患者
さん不在の医療がまかり通っています。
ノンフィクション作家の桐山秀樹さんは、糖尿病になり、糖尿病専門医を紹介されて受
診したときのことを『「糖尿病治療」の深い闇』の中でこう描いています。
「診察室に呼ばれて入ると、パソコン画面を見ていた私よりずいぶん若い四〇代ぐらいの
男性医師が呆れるような口調で、こちらの顔も見ずに言った。『膵臓が半分壊れてます。
何で、こんなになるまで放っておいたの』」
桐山さんはご自分の仕事を説明し、運動不足や仕事の都合もあったことなどを話しまし
た。
「だが、若手医師はそれを単なる言い訳にしか受け取らなかった。そして、上から見下す
ような言葉で次々と責め立てた。」「頭ごなしに若手医師からコテンパンにやられた。後に
分かったことだが、日本の糖尿病治療の治療現場の多くでは、悪い状態になった患者をまず叱りとばし、反省を促すことを重視するのだという。」「問診は医師として重要な行為の
一つではあるが、口調が完全な上から目線で、受け取る側としては言葉の一つ1つが心に
突きささった。そして、これまでの生活習慣を否定されただけでなく、自分の人生までも
否定されたような思いがした。」「正直一刻も早く病気を治し、この若い医者とは離れたい
と思った。」(「「糖尿病治療」の深い閤」より)
だれが自ら病気になろうとするでしょう。日頃の生活を後悔し、どうしようかと苦しみ
困っているのは患者さんです。医療者がそれをわからないはずはないと思うのですが、実
際には、このように叱りつけられたり、あるいは患者さんの思いや考えを無視されたりと
いうことが診察室で起こっています。挙げ句には、血糖値だけを診て強い薬やインスリン
注射がすすめられたり、あるいはまんぜんと薬に頼った治療が続けられたhソして、薬の副
作用に苦しむこともあるのが、今の糖尿病治療なのです。

糖尿病患者さんの心のケアをもっと

どんな病気でも、治療の主役は言うまでもなく患者さんであり、患者さんを支えるご家族のみなさんです。 医者ができることは、「あなたの場合には副作用を注意深く見守りながらこの薬を使う
方法がよいと思うので、それで治療をやらせていただきたい。いかがでしょう」という提
案です。それに対して、患者さんが「じやあやってみよう」と言ってくれたとき治療が始
まります。インスリン注射もそうですが、医師がきちんと提案し、それでも患者さんが
「やりたくない」のなら、ほかの方法を考えるべきです。
しかし提案するためには、病気について、治療法について、薬について詳しく知ってい
なければなりません。常に新しい情報に気を配り、わからないことがあったら調べる必要
があります。ところが不勉強な医師ほど、「これしかない」と古い治療法にしがみついて
いたりします。不勉強を見透かされないように、居丈高に患者さんを叱ったりします。そ
うした医師から逃れるように、私のクリニックに転院してこられる患者さんは大勢います。
先日転院してきたCさんは、長く糖尿病専門医にかかっていました。ところが血糖コン
トロールがうまくいかず、インスリン注射をしているのにHbA1cがm一%以下になりま
せんでした。すると医師から、「きちんと言われたとおりの生活をしない、お前が悪い」
というようなことを言われ、たいへんなショックを受けました。それからは外来に行くと
体に震えが来るようになり、ついには受診できなくなったと言います。医師の言葉がストレスになり自律神経失調状態になってしまったのです。
糖尿病のように長く付き合わなければならない病気は、それだけで患者さんにとっては
ストレスです。ことに糖尿病の場合、二章で詳しく紹介したようにストレスが血糖値を上
げ、糖尿病治療によってうつ病が引き起こされる事実が示されています。ですからできる
だけストレスにならない治療を行うことが大事なのですが、ストレスを軽減するどころか、
Cさんのように医師から言葉の鞭を打ち付けられてしまっては、さらに大きなストレスと
なってとてもつらい気分になります。
そうしたときの心の反応は、「先生の治療方法や言葉遣いが悪い」とはならないもので
す。多くの患者さんは「自分が先生の治療方針を守れず、悪かったのだ」と思ってしまう
ところがやっかいです。
自分を否定して、「治療をしっかりできない自分が悪いんだ」と思い込み、すべてに対
して否定的に、なげやりになってしまい、治療そのものも意味がないように思えてしまい
ます。すると運動をする気にもならないし、インスリン注射を忘れたりする、といったこ
とにもつながり、「血糖コントロールは不良」となるばかりなのです。
私は転院されてきたCさんに、まずは、糖尿病になったのはあなたのせいではないのだとお話ししました。そして、治療のつらさ、インスリン注射をするたいへんさは、よくわ
かりますということもお伝えしました。そのうえで、血糖値に応じて、インスリンの量を
微調整してみましょうと提案しました。そして、インスリンの量を少し減らす処方をした
ところ、1カ月後の外来では、HbA1cが9・6%になっていました。その後も、少し
ずつではありますが、血糖値は下がってきています。これまで一度もHbA1cが10%以
下になったことがないというCさんが、9%台を維持している。このことはCさん自身、
うれしい驚きだとおっしやっています。
医師たるもの、患者さんのつらい気持ちを理解し、その心に寄り添うことが大切だと思
いますし、自分が示した治療法がもしうまくいかなかったのなら、それに代わる治療方針
を示すべきであると思います。
日本にはまだまだ、血糖値を下げるためには、患者さんを叱りつけるくらいのことをし
なければならないという糖尿病専門医がいます。叱って結果が出るとしても、それは短期
的な要素が大きく、長続きはしないと思います。糖尿病のように何年、何十年と付き合っ
ていかねばならない病気の場合、患者さんの心に寄り添った医療のほうが、最終的にその
患者さんの人生を豊かにしますし、それこそが医療の意味だと思うのです。

家庭医だからできる医療

聖路加国際病院理事長の日野原重明先生は、医療パフォーマンスを提唱し、患者さんを
前にしたときはまず2秒、患者さんの目を見て話しなさいといっています(「医師のための
パフォーマンス学入門」佐藤綾子著、日経BP社)。私も、まず患者さんの目を見て話すことが
診察の基本だと思っています。
ところが、それができていない現実があります。私たち医師も検診などでほかの医療機
関を受診することがありますが、患者として診察室に入ったとき、こちらを見ようともせ
ずパソコンに向かっている先生が多くいます。
カルテをつけるためにパソコンを使う、電子カルテの問題は確かにあります。電子カル
テシステムは、画像なども含めた膨大なカルテを、コンパクトに長期間収納できるので、
医療データの集積にも役立ちますし、診療の向上にも必要です。
ところが、医師がパソコンに入力するとなると、紙のカルテのとき以上にパソコンに目
がいってしまいます。だからといって患者さんを見ない理由にはなりませんが、患者さん
が多い場合は手間と時間がかかって、非常に疲れます。
そこで私が採用しているのは、診察室にメディカルクラーク(医療専門の事務スタッフ)に入ってもらい、私に代わってカルテの記入をしてもらうという方法です。
私のクリニックは、糖尿病の患者さんが多いとはいえ、地域の家庭医ですからいろいろ
な病気や健康上の悩みを抱えた方が来られます。1日少なくて80人、多ければ100人を
超す受診がありますので、診察時間は平均で5分前後とならざるをえません。正しい診療
のためには集中した診察が重要です。そこで初診の患者さん、しばらく受診していなかっ
た患者さん、新たに症状が生じた患者さんなどには診察の前に看護師による予診を受けて
いただきます。症状や服用している薬についてうかがい、その情報に基づき、診察前に検
査をしていただくこともあります。そして診察室に患者さんが入ってきた瞬間から、私の
診察が始まります。患者さんとの会話や私の指示は、すべてその場で診療記録として、メ
ディカルクラークがパソコンに入力していきます。私は完全に患者さんと相対して、その
顔色、表情、しぐさを診ながら、お話をうかがい、必要に応じてメモをとる、という密度
の濃い診療ができます。
診察室では患者さんが質問しやすい雰囲気にして、なんでも聞いていただけるよう心が
けていますが、後ほど電話で相談や問い合わせがあったときも応対します。まずスタッフ
が受け、わからないことは、必ず後から私が電話をかけてお話しします。そして必要であれば、次回診察予定日を前倒しにして受診していただきます。
こちらからの働きかけも大事にしています。血液検査を分析した結果、気になる数値が
あったときは、すぐに患者さんに連絡し、なるべく早く再度受診するようお願いします。
先日も、ある患者さんの血中カリウム値が高かったため、連絡して来ていただきました。
カリウムはミネラル成分の一つですが、体内で不要な分は通常は尿に排泄され、血液中の
値が高くなることはありません。ところが腎臓が疲れているとカリウムを排泄する働きが
悪くなり、血中カリウム値が高くなります。この患者さんはインスリン治療を離脱したい
と転院してきた方でしたが、長年の糖尿病で腎臓が疲れやすくなっていました。そのまま
ですと、腎臓の機能低下を起こしてしまいます。
急進、来院してもらい、いろいろお話を聞いて原因がわかりました。トマトです。トマ
トにはカリウムが多いのですが、患者さんの家は農家で、大量にトマトを食べていたので
す。そこであらためて腎臓のお話をし、トマトやキュウリ、スイカなど、カリウムを多く含
むものは控えめにするようにとお願いしました。次の血液検査では異常はなくなりました。
こんなふうに、主治医として気になることがあったら、スタッフが患者さんに電話をし
ます。患者さんからすれば、次は4週間後と思っていたのが呼び出されるわけです。面倒と思われるかもしれませんが、しかし数値に異常が出ているそのときに患者さんとともに
検討すれば、原因が特定しやすいし、患者さんにもしっかりと認識していただけます。
ある女性は(この方は糖尿病ではありませんが)、糖尿病のご主人が受診していて、「何か
あったらお医者さんから電話がかかってくるなんて、うらやましいと思ったんですよ。だ
から私もこちらに来ました」と言って、かぜをきっかけに受診されるようになりました。
こうした密な関係と対応が、糖尿病のような慢性病の重症化や合併症を防ぎますし、ほ
かの病気の治療でも大事だと思います。そしてこれは、生活圏内にあって、患者さんが行
こうと思ったらすぐに立ち寄れる家庭医だからこそできることなのです。

地域の医療を守る

もう一つ、家庭医として重要な仕事は、重大な病気の兆候を見逃さず、必要に応じて専
門の医療施設を紹介することです。
たとえば糖尿病の合併症で、眼や腎臓の問題がありそうだというときは、眼科や腎臓内
科への紹介状をその場で書いて、必ず受診するようにおすすめします。
糖尿病や高血圧で、タバコを吸い、心筋梗塞の家族歴がある患者さんが、少しでも胸が痛いというとき、あるいは心電図や頚動脈エコー、ABI(足関節上腕血圧比検査)の所見
で問題があったときは、心筋梗塞のおそれがありますから北見市内の脳神経・心血管内科
病院を紹介します。あきらかな痛みや大きな問題があるときは、救急車を呼び、スタッフ
の看護師が同乗して、その病院へと搬送してもらいます。この病院では、心筋梗塞が疑わ
れるときは直ちにカテーテル検査に進み、そのままカテーテルによる治療に進むことがで
きます。
軽い麻痺などがあって、脳卒中の前触れ発作(TIAといいます)だと思われるときも必
ずこちらの病院へ行くように紹介状を出しますし、体の片側の麻痺やしびれ、ろれつが回
らない、ものが二重に見えるなどの症状があったときは脳卒中のおそれがありますから、
救急車で搬送してもらいます。
とにかく心筋梗塞や脳卒中は一分一秒を争って治療する必要があります。2年ほど前の
ことですが、頚動脈エコーで動脈硬化が進んでいることがわかった患者さんが、胸が痛い
というので、こちらの病院へ紹介状を書きました。患者さんはその足で病院へ行ったので
すが、たまたま混んでいた。そこで「じやあ、また今度にします」といって、受診せずに
帰られたそうです。翌日、自宅で冷たくなって発見されました。心筋梗塞と思われます。

こうしたことが二度と起こらないようにしたいと心から願います。以来、心筋梗塞や脳
卒中を疑う患者さんの場合は救急搬送をお願いしますし、それで命が助かった方が何人も
います。
重大な病気の兆候を見極めて、早め早めに手を打つことは地域全体の医療を守ることに
もつながっています。今、日本中どの地域でも医療崩壊といわれ、救急医療が危機に瀕し
ているといわれています。確かに救急医療の現場の医師たちは疲れきっています。緊急性
が高い専門性を要する治療や手術が多すぎるのです。
救急医療や外科の先生やスタッフを燃え尽き症候群にすることなく、本当に必要なとき
に力を発揮してもらうために、早め早めの対処で患者さんを守っていくこと。これもまた
家庭医の大きな使命だと思っています。

患者さんの心を支える

ストレス社会といわれ、多くの方がストレスによる症状に苦しんでいる今、地域の方々
の心を支えることもまた、家庭医に求められています。それを強く感じるようになったの
は、先に紹介したCさんのケースのように、糖尿病患者さんの心のケアを通してでした。が、それだけではなく、ふだんの診療の中でも抑うつ症状を訴える患者さんがあまりに多
くなっているからでもあります。
そこで今、私のクリニックでは心療内科を開設し、毎週土曜日をその心療内科を中心と
する診療日としています。
心療内科を受診される患者さんの訴えで多いのは、う?っつとした気持ち、動悸とめま
い、息切れ、腹痛、空気が足りなくなるような感じや過換気症候群、過敏性大腸炎などな
どさまざまです。
糖尿病や高血圧の患者さんに多いのは、薬の副作用でそうした症状が出ているケースで
す。先日も、抑うつ症状を訴え、原因がわからないまま長く過ごしているという60代の女
性患者さんが来ました。
う?っつとして、元気がなく、何もする気が起こらない。どうしていいかわからない。
精神科は行きたくないと患者さんが言うので、心療内科ならと、ご家族が連れて来られま
した。お話をうかがっても、これという強いストレスの原因はありません。結論としては、
薬の副作用が疑われました。
この患者さんは糖尿病に加えて高血圧の症状があり、それぞれ何種類かの薬を飲んでいます。加えてひざの痛みがあるからと痛み止めを飲み、そして体調が悪いのをなんとかし
ようと漢方薬も飲んでいました。全部で7種類もの薬を使っていたので、いったんこれら
の薬を全部やめてもらいました。すると、2週間ほどで元気になられました。
実はこういうケースは案外多いのです。この場合、まずは一度薬をやめ、ほんとうに必
要な薬だけを再開するといった方法で対処できます。対応が難しいのは、さまざまなスト
レスの原因があって、心身症状が引き起こされているときです。そこで、私の心療内科で
は、まずストレスの原因を突き止め、その対応を一緒に考えていきます。

患者さんの問題解決のために

私たちにとってどんなことが、どれほどのストレスになるのでしょうか。
かつてアメリカでつくられたストレスの評価尺度、「社会的再適応評価尺度」(SRRS)
をもとに、1988年、大阪樟蔭女子大学・夏目誠教授らのグループが日本版のストレ
ス点数表を発表しました。現在もこれが各方面で使われています。
これによると、いちばん強いストレスになるのは「配偶者の死」で、2番目が「会社の
倒産」、以下「親族の死」「離婚」「夫婦の別居」「会社を替わる」「自分の病気やけが」「多忙による心身の疲労」「300万円以上の借金」「仕事上のミス」「転職」「単身赴任」「左
遷」と続きます。これを見てくると、強いストレスの原因は、家族の問題、仕事の問題、
お金の問題の3つに、大きく集約できるようです。実際、患者さんの悩みをじっくりうか
がうと、この3つの問題が大きいというのは実感します。
そこで心療内科の外来では、患者さんに、今抱えている問題は3つのうちのどれかとい
うことを率直にお聞きします。すると、たとえば「めまい」という症状を訴えている方で
も、「実は嫁姑の問題があって」、といったようにストレスの所在が自分でもわかってくる
のです。もちろん、ストレスの原因はいくつも重なっていて、そのために心身の症状が現
れるわけですが、中心になっている原因が何かを見分けていきます。「夫婦仲の問題、家
族の問題」と言っていたのが、実はお金の問題が先にあって、夫婦仲が悪くなっていると
いったことはよくありますが、ほんとうの原因を探すことが大事です。
ストレスには必ず原因があって、そしてみなさん、多かれ少なかれ、自己否定のループ
に陥っています。自分がダメだからと自分を責めています。そして孤立しています。けれ
ど、原因がわかり、そして私が一緒に対処法を考えていく中で、ふとした瞬間に自信を回
復されていきます。 「私がダメなんだと思っていたけれど、この考え方がおかしいって、気づきました」と言
う方もいます。そうなれば、あとは自分で問題に立ち向かっていけます。私ができるのは、
アドバイスや、参考になりそうな書籍をお貸しして、患者さんを支えるということです。
私は薬の使用はできるだけ避けたいと考えています。ストレスで心身の症状が出るのは
自律神経のバランスが崩れるからですが、自律神経系に効く薬というのは、あまりありま
せん。ほかの精神科クリニックなどから転院してきた患者さんにうかがいますと「効かな
いけど、いちおう出しておくね、と先生に言われました」と、効かない薬の処方をされて
いるケースがかなりあるようです。
ただ薬がある程度効いて、動悸などの症状がなくなると、患者さんの自信回復につなが
ります。ですから、効果の確認されている薬を最低限使用し、基本的には問題の解決法を
一緒に考えていくことを行っています。
体の病気と同じように、より専門的で高度な援助が必要と思うケースーリストカット、
大量服薬(オーバードーズ)、自殺未遂を繰り返している方の場合は、精神科を紹介してい
るのはもちろんです。
そうした大事に至る前に、心療内科に来て、多少時間がかかったとしても元気になっていく患者さんの姿をみると、地域の中に心の支援者としての家庭医がいることの重要性を
つくづく感じます。

医療の専門家がなすべきこと

糖尿病治療であれ、ストレスと心身の問題であれ、私たち医療の専門家が患者さんに寄
り添い、支えるという視点を持つことが大切なのだと思います。
2012年3月、「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」誌に、ルックアヘッド(Look AHEAD)研究という研究の成果が報告されていました。
高齢の糖尿病の患者さんは、健康な方に比べて転倒やふらつき、バランスを崩すことが
多く、働けなくなる場合も多い、つまり活動性が低下して、生活に影響を与えているとい
うことがわかっています。そこで長期にわたって生活指導をし、体重コントロールと運動
能力向上を図った場合に、肥満の糖尿病患者さんの活動性はよくなるかどうかを検証した
のが、このルックアヘッド研究です。
この研究では、45?74歳の2型糖尿病で肥満の患者さん、約5000人を、集中生活指
導を受けるグループと、教育支援プログラムを受けるグループの二つのグループに分け、4年間経過を観察しました。
集中生活指導のグループの患者さんは、最初の1年間に集中して、食事や運動の指導を
受け、体重を減らし、その後の3年間は月?回の通院とメールか電話での連絡で、指導を
受けます。教育支援プログラムのグループの患者さんは、年に3回、食事と運動、その他
の支援について、グループ教育を受けます。
4年の経過の後、集中生活指導のグループの患者さんは教育支援プログラムのグループ
の患者さんに比べて、活動性がひどく低下した人は少なく、運動状態もよく、結局、活動
性の低下をもたらす危険率を42%も減らすことに成功していました。
この論文は、専門家が、集中的に患者さんにアドバイスをして、具体的にカロリーを減
らしていく方法について学んでもらったり、運動量やその方法について考えたり、問題が
起きたときはそれをどのように解決するのかというカウンセリングを行うことが非常に重
要だということを示しています。
人間、意志が強い人ばかりではありません。患者さんには、病気になりたくないのにな
ってしまったという悔しい気持ちもあるでしょう。だからこそ、必要なのは、叱る医療で
はなく、心を支える医療なのだと思います。自分の近くにいるだれかが応援団となって、自分を支えてくれるということが大切なの
です。そこで家庭医が応援団になっていれば、患者さんは少しでもがんばろうという気持
ちになってくれることでしょう。病気を克服するぞという熱意が出てくるかもしれません。
ルックアヘッド研究は、心を支える医療の重要性を再認識させてくれるとともに、そう
した医療が4年という長期間にわたって有効であることを示しています。私たち家庭医の、
果たさなければならないことを教えてくれる研究結果だと思いました。

8年間続けたインスリン注射をやめる

糖尿病の治療において最も重要なのは、心筋梗塞や脳卒中などの大血管病を防ぎながら、
さらに、うつ病や認知症を防ぐこと、それらのリスクを高める低血糖を防ぐ治療を行うこ
とです。
インスリンやSU剤(スルホニル尿素薬)は強い血糖降下作用を持ちますが、低血糖を起
こすおそれがあるので、どうしても血糖が下がらないときだけに使い、なるべく長期の使
用は避けるべきでしょう。
ところで、インスリン注射は、いったん始めたら一生打ち続けなければならないものと
思っている患者さんが多いようです。いえ、患者さんどころか医師もまた、たとえば1年
以上使っていたら、もうやめられないと思っていることがあります。
そんなことはありません。長期のインスリン注射の治療を続けた人でも、状態によって
は飲み薬に切り替えていくことができる、つまりインスリン離脱ができるのです。
20歳の女性、Dさんが私のクリニックに転院してきたのは、2010年11月のことでし
た。小さなころから体が弱く、3歳でぜんそくと診断され、12歳で2型糖尿病と診断され
たといいます。子どもの糖尿病というと1型糖尿病という印象があるかもしれませんが、今、子どもの2型糖尿病も増加傾向にあります。
Dさんの場合は、小学校6年生で2型糖尿病とわかり、半年後からインスリン注射を始
めていました。以後ずっと、市内の大きな病院の内科で治療を受けてきましたが、HbA1cが9・4%になってしまい、入院。そして入院治療を受けた後、私のクリニックの評
判を聞き、Dさんご自身の強い希望で転院されてきました。
来院時のHbA1cは8・3%、食後血糖値138mg/dl、インスリンは1日32単位使
用されていました。体重は90・4kgでしたが、血液検査の結果では、肝臓、腎臓、コレス
テロールなどに異常値はありません。発症からすでに8年経過していたわけですが、幸い
合併症はありませんでした。
Dさん自身、自分でも糖尿病治療はきちんとしたいと思っていて、朝6時半に起きて夜
は9時に就寝するという規則正しい生活を送っていると言います。ただし運動が苦手だと
いうことでした。ただお話しぶりも、表情も暗く、20歳の若さでありながら生気のない印
象です。子どものころからの闘病が影を落とし、抑うつ状態が潜んでいることが読み取れました。
Dさんのこれからの長い人生を考えますと、インスリンを続けることは身体的にも精神的にもたいへんな苦痛です。血液検査で、1型ではなく2型糖尿病であることは確認され
ましたので、困難ではあるけれども、インスリン離脱を考えてみるべきではないかと思い
ました。
とにかくこのときの食後血糖値が138mg/dlというのは、努力をしているからこそで、
評価に値します。もちろん規則正しい生活ができているのも、よいことです。努力を続け
ているのは立派なことだとお伝えし、治療を続け、できることならインスリンをやめる方
向でいきませんかとお話ししました。
「やってみたいです」ときっぱり言ったCさんの表情に、「インスリンをやめて健康な体
になりたい」という強いメッセージを感じ取りました。

インスリンだけでなく薬もやめられた

この日提案したのは、一つは血糖値の自己測定(SMBG)です。血糖自己測定器を購
入していただき、1日に何回か自分で血糖を測定、記録していただきます。日常生活の中
で、変動する血糖値を測定するたびに確認でき、急な高血糖や低血糖のチェックになりま
すし、記録することで変動の様子を把握し、きめ細かな血糖コントロールに役立てることができます。血糖値の数字と一緒に生活の様子も記録していくと患者さんが自分で血糖を
コントロールするんだという励みになりますし、運動や食事をがんばろうという気持ちが
わいてくるという効果もあって、活用する効果があると思います。
血糖自己測定はインスリン注射による治療の場合は保険適用になりますし、ぜひおすす
めしたいのですが、Dさんはこれまで医師から説明を受けたことはないそうで、「今日か
ら始めます」ということになりました。
もう一つ、やっていただくことになったのは、膵臓からのインスリン分泌能力を知るた
めの尿検査です。1日分の尿をため、その一部を取り出してCPR(C‐ペプチド)という
物質を測ることで、インスリンの分泌状況を知ることができます。
こうして治療が始まりましたが、尿検査の結果、Dさんの場合は、CPR値は1・9μg/日で、残念ながらインスリンはほとんど分泌されていないことがわかりました。膵臓か
らインスリンが分泌されていなければ、インスリン注射をやめることはできません。2回
目の診察で、このままではインスリンはやめられませんとお伝えすると、やはりDさんは
がっかりされていました。これがストレスになり、血糖値が不安定になるのではないかと
心配したのですが、そこからのDさんの努力がすばらしかった。前向きに治療を続けましょうと確認しあって、その1カ月後の受診時のHbA1cは6・9%とぐんと低下してい
たのです。そこで、インスリンを1日24単位に減らすことができました。
その翌月のHbA1cはなんと6・1%。血糖自己測定をまじめに続けておられ、記録
を見ると、空腹時血糖はほぽ連日110mg/dlを切っています。そこで思い切ってインス
リンを1日あたり14単位に減らしました。さすがに次の受診時には血糖値が上がっている
のではと心配していたところ、翌月のHbA1cは5・8%と減少を続けていました。そ
こでインスリンを6単位にしたのです。
できるだけ歩くようにしているということで、体重も減少してきました。私やクリニッ
クのスタッフが心から支援していることをわかってくださったようで、お話ししていても、
笑顔が出るようになりました。
インスリン6単位で、HbA1cが5%台をキープした状態が、3ヵ月継続したところ
で、「もう一度、家で尿をためてみませんか」と提案しました。これまでの症例から、血
糖コントロールがうまくいくと膵臓の機能が回復することがあると、わかっているからで
す。
今度の尿検査では、CPR値はなんと42・7μg/日。Cさんの膵臓はすっかり立ち直り、自ら十分インスリンを分泌していることがわかったのです。
膵臓がインスリンを分泌していれば、インスリン注射に頼らなくとも、薬での治療が可
能になります。そこでインスリン注射からの離脱を提案したところ、Dさんは待ってまし
たとばかりに積極的に同意され、2011年6月2日、インスリン注射から飲み薬に変更
しました。幸いなことに、その後一度もHbA1cは6・2%(基準値)を超えることな
く推移し、飲み薬を少しずつ減らし、ついには飲み薬もすべて、やめることができました。
2012年6月の段階で、投薬なしでHbA1cはほぽ5・6%を維持、体重は76・2kgと初診時から14kg程度の減少となっています。
いちぱんうれしいのは、高校卒業以来、家にいて糖尿病とぜんそくの治療だけをしてき
たDさんが、この間就職され、はつらつと働いているということです。ここまで糖尿病が
よくなり、「寛解」、つまり治ったといえるほどの状態になっていることは驚くべきことで
す。
あるとき、Dさんに、「どうして糖尿病を克服できたと思いますか」とたずねてみまし
た。すると、「前は病院に行くたびに叱られていてつらかったんですけど、ここは違った
から」とおっしやってくださいました。 私自身の患者さんへの対応はもちろんですが、私のクリニックではスタッフ全員にも笑
顔で、真心のこもった対応をお願いしています。クリニック全体として患者さんを支え、
心の支援にあたることが重要だと、あらためて実感した経験でした。

上司に背中を押されてインスリン離脱ができた

もう1人、インスリン離脱に成功した患者さんを紹介しましょう。
30歳で糖尿病を発病したというEさんが転院してきたのは2010年9月です。身長163cm、115kgという肥満体で、そのため、睡眠時無呼吸症候群も起こしていました。
インスリン注射の治療歴は10年で、転院時は1日4回の注射で合計92単位打っていました。
日本人のインスリン治療の平均インスリン投与量は27単位前後といわれていますので、こ
の量はあまりに大量です。HbA1cは8・4%でした。
Eさんはインスリンをやめたいといい、減量のために週に何回もフィットネスクラブに
通い、水中ウォーキングを30分しているといいます。まじめな人柄はそのお話からもわか
りました。しかし体重コントロールができていないし、しかも大量のインスリンの影響も
あるのか、気持ちはかなり落ち込んでいるようです。インスリンの副作用の一つには、体重増加もあります。もともと肥満があったとはいえ
大量のインスリン注射によって体重が増えている可能性もありますから、減量は容易では
ないし、まして、インスリンをやめるところまでいくとはとても思えないような状況でした。
ただ、たいへん心強
いことに、会社の上司がとても親身になってEさんを心配してくれ
ており、私のクリニックヘの転院も、この上司のすすめによるものでした。まさにEさん
の心の支援者で、そういう方がいるだけでもEさんによい影響があると思われます。
そうはいっても状況はあまりにも厳しく、1日92単位も打っているインスリンをやめた
事例はこれまで私も経験していません。しかし、最初からあきらめてしまっては、Eさん
の「インスリンをやめたい」という思いを否定することになります。まずはインスリンの
減量を目指してがんばりましょうと、治療をスタートさせました。
同時に、Eさんは上司から大きな課題を出されていました。Eさんは営業職なので車の
運転は必須なのですが、「体重を70kg以下にしないと運転をさせない」という命令が出た
というのです
実は肥満体のおなかが運転のじやまになっていました。さらには睡眠時無呼吸症候群のために眠気をもよおし、過去に何回か交通事故を起こしていて、今回の厳命になったとのことでした。
この厳命に発奮したEさんは1日1600キロカロリーの食事によるダイエットとフィ
ットネスクラブでの運動療法を自分に課し、一生懸命努力しました。すると、みるみるう
ちに血糖値は下がっていきました。
HbA1cは、翌月の受診では9・O%といったん上がりましたが、以降Iカ月ごとに、
8・6%、7・1%、6・3%、5・9%とどんどん下がっていき、6ヵ月後にはHbA1c5・6%になったのです。
それに伴いインスリンの量も、どんどん減らしていくことができました。それどころか、
あまりにも血糖が下がり続けるため、インスリン注射では低血糖となる危険がきわめて高
くなり、ある意味「仕方なく」、インスリン注射をやめる決断をしました。尿検査で膵臓
からのインスリンの分泌が十分であることを確認したのはもちろんです。
インスリン注射を中止し飲み薬の処方にしたのは、2011年6月18日です。HbA1c5・4%、体重は87kgでした。この日、診察室でEさんと二人、感激にひたったものです。その後も血糖は下がり続け、2012年に入って飲み薬も中止しました。2012年6
月現在、HbA1cは5・6%をキープしています。ただ、体重が80kgで、Eさんとして
はもっと体重を減らさないと運転ができないというのが、目下の悩みです。
Eさんのケースでは、なんといっても上司の方の存在が、彼を支え、糖尿病をここまで
よくしたのだと思います。今、医療でも仕事でも、「自己責任」という言葉がむやみに使
われます。病気になったのも、仕事のトラブルも、すべてその人の責任だとされてしまう
わけですが、それでは物事の解決には何の役にも立ちません。Eさんの上司が、上司の責
任として部下であるEさんの治療を支え、仕事を振り分け、自己責任という言葉を持ち出
すことなく辛抱強く見守ったのは賞賛に値すると思いました。
と同時に、医療者としては、どんなケースでもあきらめることなくチャレンジしていく
ことがいかに大切かを、あらためて考えさせられました。
「インスリンをやめたい」と私のクリニックにやってこられる全員が必ず、DさんやEさ
んのようにインスリン離脱に成功するとは限りません。これまでの経験ではインスリン離
脱を試みた患者さんのうちの8割の方は成功していますが、2割の方は、インスリンの継
続が必要でした。まして、Dさん、Eさんのように飲み薬の治療まで中止できるケースは多くはありません。
だからといって、高血糖で血糖コントロールがよくないから、「インスリンをやめられ
るわけがない」と最初から思い込んでいては、よくなる人でもそのチャンスを失ってしま
います。どんな病気でもよりよい状態を目指す、そのためには常にさまざまな治療を検討
するという、医療者として当然のチャレンジを見失ってはならないと思います。

インスリン注射とSU剤は血糖降下の切り札

糖尿病の治療薬は、長らく、インスリン注射とSU剤のみでした。
インスリンの血糖降下作用は非常にすぐれていて、重症の高血糖の場合も、注射を打つ
とあっという間に血糖を正常化してくれます。その強い効果があるからこそ、逆に、副作
用として低血糖の問題があるわけです。ですから、インスリンは血糖値が高くなったとき
の切り札として使うべき薬です。
膵臓のインスリンをつくる細胞が壊れている1型糖尿病のときはもちろんですが、2型
糖尿病でも、たいへんな高血糖になっているときは、絶対にインスリンが必要という場合
があります。ただこれはあくまでも切り札ですので、2型糖尿病の場合は、あまりの高血糖状態をしのいだら、速やかに飲み薬の治療に切り替えたいですし、実際、私のクリニッ
クでは多くの患者さんがそうされています。
ところが、多くの糖尿病患者さんは、この章の冒頭にも述べたように、ひとたびインス
リン注射を始めたら、ずっと続けなければいけないと思い込まされています。私のクリニ
ックに転院してきた患者さんは「まさかインスリンがやめられるとは思わなかった」「イ
ンスリンをやめてみましょうか、とはこれまで一度も言われたことがない」と言われます。
なぜいったん始めたインスリン注射はずっと続けられてしまうのでしょう。
一つには、血糖コントロールを厳格にして、とにかく血糖値を下げる治療がよいという
思い込みや、低血糖の問題の勉強不足、認識不足があると思います。
もう一つは、はっきり言えば医療者の経済的問題です。インスリン注射の患者さんに対
する医療費としては、受診のたぴに「在宅自己注射指導管理料」として820点の保険点
数が付与されます。患者さんの自己負担額は3割負担で1回2480円ですが、医師とし
ては1回8200円の「収入」になるということです。
この管理料に加え、血糖自己測定器加算、検査料などを含め、実際にインスリン注射を
している患者さんの自己負担額は、月々1万円以上になります。医師側からみれば、インスリン注射を打つ患者さん一人につき、月々4万円以上が入ってきます。個人のクリニックで仮に30入、インスリン注射の患者さんがいれば毎月、120万円以上の「収入」にな
るわけです。このことは、インスリン注射がひたすら続けられる大きな要因になっている
と、私は思っています。
一方、飲み薬のSU剤(スルホニル尿素薬)は、日本には1955年から入ってきました。
SU剤は膵臓のインスリンをつくる細胞に働きかけ、インスリンの分泌を促進する働きを
持ち、飲み薬としては最も血糖値を下げる作用の強いものです。その作用の強さが、副作
用として低血糖を起こしやすくします。また、どんどん膵臓の細胞に働きかけてしまうの
で、長く使っていると細胞が疲れきって効果がなくなることも知られています。
ところがこれほど強力な薬も、日本では切り札として使うどころか、日常的に使われて
しまっています。
先日、80歳の女性、Fさんが転院してこられました。長年糖尿病の治療を続けてきたけ
れども、最近2ヵ月、気持ちが落ち込み、食事もとれず、5kgも体重が減った。かかりつ
け医に、いろいろ訴えたのだけれども、ちっともよくならない。そのかかりつけ医の紹介
で、脳外科に入院して調べたけれども悪いところは見つからない。そこで、「精神科に行く前にとりあえず」ということで、私のクリニックにやってきたのです。
状況としてはほとんど、うつ病の診断基準を満たしていました。糖尿病はHbA1c
8・O%と血糖コントロールはよくはありませんでしたが、Fさん自身はそのことで追い
詰められている様子もなく、幸い合併症も出ていません。ご家族からはとても大事にされ
ていて、支援体制も十分でした。
疑問に思ったのは、SU剤の処方です。「アマリール」という強いSU剤が6mgも処方
されていたのです。私は、Fさんのうつ状態の原因は、SU剤の大量投与に伴う夜間の低
血糖(無自覚性低血糖)ではないかと判断し、SU剤を3mgに減量しました。すると、次の
外来のときには非常に元気になっておられ、やはりSU剤の問題だと確信しました。その
後アマリールを1mgまで減量しました。HbA1cは7・O%ですが、気持ちの落ち込み
や食欲低下の症状はなくなりました。
Fさんのケースは、SU剤による低血糖がうつ的状況をつくり、血糖値も安定させない
という問題を示しています。SU剤もまた、特別に高血糖のときに、インスリン注射と同
じように使えば血糖降下の切り札となりますが、だからこそ、使うときには細心の注意が
必要であり、かつ使用量も最低限にしたいと考えます。

大事なのは膵臓のインスリン分泌能力を知ること

インスリンとSU剤を最後の砦とするならば、この二つの薬を使用しなくても、現在で
はほかのタイプの飲み薬を使って糖尿病の治療ができます。
ただし前提として、患者さんの膵臓のインスリン分泌能力がどうなっているかを知るこ
とが必要です。なぜならば、Dさんのケースで紹介したように、膵臓がほとんどインスリ
ンを分泌していないときには、インスリン注射に頼らざるを得ないからです。
私のクリニックでは、糖尿病の患者さんで血糖コントロールが急に悪くなった方やイン
スリン注射をやめたい方には尿検査で膵臓のインスリン分泌能力を測っていただきます。
この尿検査はとても大切な検査ですが、糖尿病専門医の診療ではあまり行われていないよ
うですので、ここであらためて紹介しましょう。
この検査で測るのは、尿に含まれているC-ペプチド(CPR)という物質の量です。膵
臓ではインスリンになる前の前段階の物質がつくられ、それが血液中に出て行くときにイ
ンスリンとC‐ペプチドとに切り離されます。インスリンのほうは体で使われていきます
が、C-ペプチドは尿と一緒に排泄されるので、このC-ペプチドの量を測れば、膵臓がつ
くるインスリンの量を換算することができるわけです。血液検査で血液中のC-ペプチドを測る方法もありますが、その場合は検査時のスポット的な値になりますから、24時間の
尿をためて測定するほうが確実です。
実際には、患者さんに自宅で1日24時間分の尿をためていただき、その一部(10ml)を
持ってきてもらい、その尿を検査します。市販の水のペットボトルを利用すれば、どなた
にも簡単にやっていただくことができます。
この検査で、CPR値が1日あたり10μg以下のときは、膵臓のインスリン分泌が足りな
いということです。20μg以上であれば、膵臓はインスリンを分泌しているけれども、その
インスリンの効きが悪い状態、つまりインスリン抵抗性が糖尿病を引き起こしていると判
断できます。膵臓の働きはよいのですから、インスリンやSU剤以外の薬で、血糖値を下
げることが可能だということになります。
この尿検査を受けていただいた患者さんで、膵臓からほとんどインスリンが分泌されて
いないという方は案外少なく、8割程度の患者さんはインスリンの分泌があります。Dさ
んのように一度はインスリン分泌がほとんどないという結果が出た場合も、血糖のコント
ロールがよくなると、膵臓の機能が回復して、インスリンが分泌されるようになることもよくあります。膵臓からインスリンが分泌されているにもかかわらず、インスリン注射を続けていては、
膵臓の細胞の働きが無視されているわけで「もったいない」ですし、SU剤はせっかく働
いている膵臓の細胞に鞭を打つことになり、かえって膵臓を疲弊させてしまいます。
この場合に有効なのはインスリンの効きをよくする、つまりインスリン抵抗性を改善す
ることに主眼を置いた治療です。

内臓脂肪がインスリンの効きを悪くする

ではなぜ、膵臓からはインスリンが分泌されているのに、その効きが悪くなるのでしょ
う。そこにはさまざまな因子がかかわるようですが、今わかっている最も重要な因子は、
内臓脂肪から分泌されるサイトカイン(生理活性物質)の作用です。
一昔前まで、脂肪とはエネルギーの貯蔵庫だと考えられていました。ところが1990
年代、米国ハーバード大学のブルース・スピーゲルマン博士らの研究をはじめ、いくつか
の研究から、内臓脂肪の脂肪細胞からはさまざまな物質が分泌されていることがわかり始
めました。そして1993年、米国ダナ・ファーバー研究所のゲーカン・ホタミスリギル
博士は、こうしたサイトカインの一つ、TNF‐αがインスリン抵抗性を引き起こす因子の一つであることを発見したのです。
インスリンは血液の中を流れて全身の細胞に行き着き、血液中のブドウ糖が細胞の中に
取り込まれるためのゲートをつくります。細胞側には鍵穴(インスリン受容体)があって、
そこにインスリンが鍵を差し込んでくっつき、ゲートをつくり、そのゲートを通ってブド
ウ糖が細胞に入っていくわけですが、TNF‐αは鍵穴にインスリンの鍵がうまく入らな
いようにしたり、ゲートづくりやブドウ糖が細胞に入っていくのを滞らせたりします。し
かも、TNF‐α以外にも、脂肪細胞が分泌するサイトカインにはインスリン抵抗性を増
す「悪玉」があるといいます。
一方で、脂肪細胞は、アディポネクチンと呼ばれる「善玉」物質も分泌していて、動脈
硬化を防ぐなど、体にいい働きをしますが、このアディポネクチンが減ってしまったとき
も、インスリン抵抗性が増すようです。
つまり、内臓脂肪が多いと、せっかくインスリンが出ていても脂肪から出る悪玉物質の
おかげでその効きが悪くなるし、さらには糖尿病が悪化してやせてしまうと、脂肪から出
る善玉物質が減ってしまい、さらにインスリンの効きが悪くなるわけです。
つまり内臓脂肪を減らすことは、インスリン抵抗性を改善する治療の大きな一つの柱となります。ですから、運動や食事で内臓脂肪を減らすことが大切なのです。

インスリン抵抗性改善薬、アクトスは安全か

インスリン抵抗性が大きくかかわっている2型糖尿病では、インスリン抵抗性を改善す
る作用のある薬が最も有効です。
インスリンやSU剤以外の、低血糖の危険性の少ない治療薬として、主にピオグリタゾ
ン(商品名「アクトス」)、ビグアナイド、アルファーGI(α‐グルコシダーゼ阻害薬)という
3種類の薬があります。ピオグリタゾンがインスリン抵抗性改善薬で、ビグアナイドもイ
ンスリン抵抗性を改善する効果を持っています。
ピオグリタゾンは日本では1999年から使われるようになり、「アクトス」という商
品名の一種類しかありませんので、通常「アクトス」と呼ばれます。
アクトスは、インスリン抵抗性改善薬として非常に高い効果があり、抵血糖を起こしに
くいという点でもたいへんすぐれています。ただし、むくみ(浮腫)が出やすいという副
作用があり、そのため、心不全で、もともとむくみがある人には使ってはいけない薬です。
ほかにも体重増加や骨折リスクを高めるといった副作用があります。私は、平均27単位のインスリン注射をしていた患者さん36人を対象に、インスリン離脱
を試みる臨床試験を行い、その成果をまとめたことがあります。この試験では、アクトス
を含むいくつかの薬の組み合わせで、インスリン離脱の成功率83%という結果を得ました。
そこでインスリン抵抗性を主体とする日本人の2型糖尿病治療という観点からは、アクト
スの有効性は申し分ないと考えています。
低血糖にしない糖尿病治療とは、心血管疾患を予防する血糖コントロールをめざすとい
うことにほかなりませんが、アクトスは糖尿病治療薬の中で唯一、大規模試験(プロアク
ティブ試験)で心血管疾患を抑制できることが証明されています。この点でも、アクトス
は推奨されてよい薬だと思います。
この試験は、心血管疾患を起こしたことのある5000人以上の2型糖尿病患者を対象
として、糖尿病および心臓病など循環器系の治療にアクトスを追加することで、心筋梗塞
や脳卒中の予防効果があるかどうかを見たものですが、結果として、アクトスはハイリス
ク患者の心筋梗塞、脳卒中、全死亡のリスクを16%低下させることが判明したのです。
ところが2011年夏、このプロアクティプ試験のその後の解析で、アクトスが膀胱が
んを誘発する可能性が指摘され、フランス・ドイツで販売中止となる事態になりました。日本でも報道され、厚生労働省は膀胱がんの患者さんへのアクトスの投与は避けるように
との呼びかけを出しました。
私のクリニックでも、フランスでの経過を説明したところ、アクトスをやめて別の薬に
変更された患者さんもいます。しかし2011年10月になって、「ランセット」誌に、基
本的には、アクトスは膀胱がんと無関係だったという結論のレポートが掲載されました。
プロアクティブ試験ではアクトスを飲むグループと、偽薬(プラセポ)を飲むグループ
とに患者さんをグループ分けして追跡したわけですが、アクトスのグループの膀胱がん発
症率が高かったとの報告があったけれども、その後のさらに詳しい解析で、最終的にはア
クトスは膀胱がんの発症要因にはならなかったというのです。
重要なことは、すべてのがんの発症率は、アクトスのグループも偽薬のグループも4%
と変わりがなく、乳がんに関しては、アクトスのほうが発症が少ないこともわかりました。
そして、この研究終了後も4年間観察を続けたところ、アクトスのグループの患者さんよ
り、偽薬を飲んだグループの患者さんのほうが膀胱がんの新規発症が多かったということ
がわかりました。つまり、アクトスと膀胱がんとの間係はなかったといえます。
また、2012年2月には台湾からアクトスは膀胱がんとは無関係という論文が提出されています。
国立台湾大学のツエン博士の研究で、2型糖尿病で、膀胱がんがない人たち5万492
8人について膀胱がんの発症を調べたところ、アクトスを使用した患者さんの発症率は
O・39%で、アクトスを使用したことがない患者さんではO・30%でした。アクトスを使
っている場合の膀胱がんの発症は、アクトスの飲み始めに多く、また膀胱がんのハイリス
クの人がたまたまアクトスを飲んだからではないかとも示唆しており、アクトス投与によ
る膀胱がん発症は、統計学的にはっきりした差がない程度の微増だったとの結論でした。
さらに2012年5月には、英国のデータが公表されました。英国内の医療データベー
スに2001年から2010年に登録された40歳以上の2型糖尿病患者さんのうち、アク
トスを投与された2万3548人とほかの薬を投与された18万4166人を対象に膀胱が
んの発症の有無を検討した調査です。このデータの解析結果からもアクトスで膀胱がん発
症リスクが上がるとは認められませんでした。
膀胱がんにかかわるアクトスの安全性の問題については、すでに欧州では2012年1
月、欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会がアクトスの添付文書改訂を承認した
ことで、決着がついていると思います。この添付文書改訂の要旨は「アクトスの有効な患者にとってはベネフィットがリスクを上回るが、膀胱がんリスクを最小限にする必要があ
ります」というもの。つまり、膀胱がんにかかったことがあったり、治療中の人、膀胱が
んの疑いがある人には注意が必要だけれども、ほかは以前と変わりなく使えるということ
です。
一方で、2011年3月にはアクトスには糖尿病予防効果があるという発表もありまし
た。これは「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」誌に掲載された米国
のデフロンゾ博士の研究成果で、602人の耐糖能異常、つまり糖尿病予備軍の人をアク
トスを飲むグループと偽薬を飲むグループとに分けて追跡した結果です。偽薬に比ベアク
トスを飲んだグループのほうが、糖尿病への進行率は一心%減少するなど、よい結果が得ら
れました。この研究結果からわかるのは、18人の糖尿病予備軍の人をアクトスで1年治療
すると、1人は糖尿病にならずにすむということです。
こうした研究の進展をみても、アクトスは糖尿病治療薬の中心の1つとして、今後も重
要な役割を果たしていくと思います。

アクトス以外の薬の効用は?

さて、低血糖を起こさない薬として挙げたアクトス、ビグアナイド、アルファーGI(α‐グルコシダーゼ阻害薬)のうち、アクトスと同じようにインスリン抵抗性を改善する作
用を持っているのがビグアナイドです。
ビグアナイドは、肝臓での糖の合成を抑制する作用と、インスリン抵抗性を改善する作
用とを持っていて、とても安価で、血糖降下作用もアクトスと同じくらいすぐれています。
ただし、大規模試験による心血管疾患抑制のはっきりしたエビデンスがないことが弱点だ
と思います。この薬は腎機能や肝機能の低下している人、高齢者には、慎重投与が義務付
けられており、特に腎機能が低下しているときにはその使用が制限されています。
また、下痢、嘔吐があって脱水になっているときには、乳酸アシドーシス(血液中の乳
酸の異常な増加により、血液が酸性になる)という状態になるおそれがあります。2011年
6月には4人に乳酸アシドーシスが起き、そのうちの1人の死亡が報告されています。
こういった事実も踏まえ、患者さんにおすすめするときには、医師が慎重に判断する必
要がある薬ですが、最近ではがん予防や心血管疾患予防にも効果があることを示唆する論
文も出てきているので、使い方さえ間違わなければ、有効な薬として推奨できると思います。
ただ、アクトスが1日1回、朝飲めばよいのに対し、ビグアナイドは1日数回に分けて
飲む必要があります。
もう一つのアルファーGIは、腸に働いて、ブドウ糖の消化吸収を抑制し、結果として
血糖降下をさせる薬です。腸に働く薬なので、おなかがかなり張った感じになったり、ガ
スが多くなったり、下痢をしたりと、おなかの調子が悪くなるという副作用があります。
この薬はインスリン抵抗性改善作用を持っておらず、また、心血管疾患の抑制効果がわ
かっているのは、数多いアルファーGIの薬剤の中で一つだけです。
また、この薬は食事の直前に朝、昼、晩と3回飲まなければならないという点で、患者
さんにとって使いにくさがあります。私の外来でも、「余っているから今回はいりません」
という患者さんが多いのが実情です。つまり、飲み忘れが多いということです。
やはりきちんと飲んでもらうには、朝1回の薬が基本となるというのが、外来での印象
です。そういった意味でも、アクトスはほかの二つの薬よりも、服薬管理などの点からも
勝ると考えられます。
いずれにしても最近まで、低血糖の危険性の少ない治療薬としては以上の3種類の薬しかありませんでした。そこに、今、新しいタイプの糖尿病治療薬が登場しています。

インクレチン関連薬の登場

2009年12月に登場した新しいタイプの薬は、DPP‐4阻害薬とGLP‐1作動薬で
す。どちらも血糖が低くなると作用しなくなるという特徴を持つので、低血糖を起こさな
いという観点からは、たいへん期待できる薬です。
これらの薬は、インクレチンというホルモンの働きに関係しているので、まとめて「イ
ンクレチン」とか「インクレチン関連薬」と呼ばれることもあります。昔から、同じ量の
栄養分を口からとりいれるときと、静脈注射で血管に入れるときとでは、インスリンの分
泌量が異なることがわかっていました。口からとりいれると注射のときよりインスリンの
分泌量が多くなるのです。そこで、腸の中にインスリンの分泌を増やす成分があるのでは
ないかという予測が立てられ、その物質の正体は何かとはわからないうちに、「インクレ
チン」と名付けられました。
それが近年になってようやく、GIPとGLP‐1という二つのホルモンがインクレチンだとわかったのです。食事をしてブドウ糖が吸収されると、小腸からこの二つのインクレチンが分泌され、膵臓の細胞を刺激してインスリンの分泌を促します。そこで、インスリンがたくさん出て、
血糖値が下がります。同時にインクレチンは膵臓でつくられるグルカゴンというホルモン
の分泌を抑制します。グルカゴンには強力な血糖上昇作用があるので、その分泌が抑制さ
れると、さらに血糖値を下げる効果が得られるわけです。
しかし、インクレチンは、分泌されるとごく短時間でDPP‐4という酵素によって分
解されてしまいます。そこで、インクレチンがすぐに分解されないよう、DPP‐4の働
きをじやまする薬、DPP‐4阻害薬が開発されました。DPP-4阻害薬はすべて飲み薬
で、シタグリプチン(商品名〈以下同〉ジャヌピア、グラクティプ)、ビルダグリプチン(エク
ア)、アログリプチン(ネシーナ)、リナグリプチン(トラゼンタ)の4種類の薬が発売され
ています。
さらに、インクレチンそのものを利用するGLPー1作動薬が開発されました。
GLPー1作動薬は注射薬で、リラグルチド(ビクトーザ)、エキセナチド(パイエッタ)
などがありますが、GLP‐1作動薬の血糖降下作用はかなり強いという研究結果が出て
います。このほか、GLP‐1作動薬には血圧調節作用や画質代謝作用、動脈硬化を防ぐ作用など、さまざまな作用があるので、糖尿病と心血管系の両方に効く薬として位置付け
られるという研究者もいます。
さて、二つのインクレチン関連薬がすばらしい点は、SU剤のようにとにかく膵臓から
インスリンを出させるのではなく、ブドウ糖が膵臓に届いたときにだけ作動するので、血
糖値が下がったときには働きません。そこで低血糖になる心配はまずないし、膵臓を疲弊
させる心配もあまりありません。これがとても大きな特徴です。
さらにGLP‐1には、インスリンの分泌を促進する作用だけではなく、消化管に作用
して、満腹感を増して食欲を低下させる働きもあるので、体重を減少させる効果もあり、
この点からも患者さんには歓迎されています。

インクレチンで、ますますインスリン離脱がすすむ

私のクリニックではDPP-4阻害薬としては、「アログリプチン(商品名ネシーナ)」を
主に使っています。血糖降下作用がよく、副作用である便秘などの消化器症状も少ないか
らです。ここでは138人の患者さんに2ヵ月投与した結果を紹介します(図表3参照)。

【図表3】アログリブチン投与時のHbA1c低下度のまとめ

【図表3】アログリブチン投与時のHbA1c低下度のまとめ

患者さんの平均年齢は66歳、平均体重は68・94です。アログリプチン投与開始時の平均HbA1cは8・1%でしたが、2ヵ月後は、7・1%と統計的にあきらかに低下していました。
2ヵ月後の平均体重は68・4kgと変化かあり
ませんでした。
これまで糖尿病の治療薬をまったく使って
いない患者さんについては、HbA1cは
1・8%の減少効果かありましたので、治療
の最初からの使用も期待されるデータです。
同じくDPP‐4阻害薬であるシタグリプ
チンからの切り替えでは、0・1%の低下で
したので、アログリプチンとシタグリプチン
は、ほぼ同等の効果があるものと考えられま
した。
SU剤であるグリメピリドの使用に加えてアログリプチンを使ったケースでは、1・9%の低下がありましたので、SU剤を使って
もなかなか血糖コントロールがうまくいかないような患者さんに、アログリプチンの追加
使用が有用であると判断されました。
DPP‐4阻害薬が登場した当初、SU剤への追加投与で重症低血糖が起き、注意勧告
が出されました。SU剤を大量に使っていたために血糖降下が行き過ぎてしまったのです。
ですからSU剤は必要な少量を使い(もしたくさん使っていた場合は減量一して)、DPP‐4阻
害薬をプラスするという使い方をするのはもちろんです。
アログリプチンは血糖降下作用もよく、それ自身はまったく重症低血糖も起こさないと
いう点で、日常臨床では使用しやすい薬です。便秘の副作用がかなり少ないという点が、
お年寄りの方も含めて、より使用しやすいと考えます。
私のクリニックでは、インスリン離脱にもすでにDPP‐4阻害剤を使っており、先に紹
介したDさんもEさんも、インスリンを離脱して飲み薬だけにする段階で、実はDPP‐
4阻害剤を使っていただきました。飲み薬にDPP‐4阻害剤という新たな選択肢が加わ
ったことで、インスリン治療を避けることができたり、インスリン治療から離脱できたり
することができる患者さんがもっともっと増えるのではないかと期待しています。

病気中心主義から患者中心主義ヘ

最近、個人個人の健康意識に基づく医療を実践しようとする動きが高まっています。
そこで求められているのは、患者さん万人ひとりの価値観を大切にしようという医療で
す。これまでの医療は、効果についての客観的目安として「数字」を重用してきました。
禁煙の取り組みをきちんとしているか、心筋梗塞後にきちんと服薬しているかも数字で見
る、糖尿病においてはHbA1c、高血圧においては血圧値、がん治療においては生存率
が大事な目安でした。つまりは「病気」を医療の中心に置く考え方です。
それを脱却し、患者さんのニーズにあわせた医療に変えていこうというのが、個人個人
の健康意識に基づく医療の試みです。
一つの病気だけを持つ人にとっては、病気主体の評価方法、「数字」を重用する医療は
有効です。けれどさまざまな病気を持っていたり、寝たきりであったり、寿命がせまって
いる人にとっては、病気主体の評価や治療は、必ずしも有効に働かないというジレンマが
あったのです。
いくつもの病気があったり、複雑な様相となった病気であるとき、治療の目標は「数
字」ではなく、症状そのものの改善や、体をどの程度動かせるのかといった問題、あるいはその人が社会的役割をどうやって果たすことができるかなどが、治療の目標となりえま
す。
パーキンソン病を例に考えてみましょう。
通常であれば、筋肉が固くなるのを治し、転倒を予防することが治療目標になるかもし
れません。しかし、ある人にとっては介助なしで、でも杖を使ってでもいいから一人でト
イレに行くことが目標となるかもしれないし、あるいは、大学に通う孫とインターネット
で連絡を取り合ったり、仕事に復帰したり、あるいは教会にお祈りにいくことを目標とす
ることもできます。
その目標は患者さん万人ひとりによって異なります。ひょっとすると腕の震えを減らし
たいなどとは思っていないし、杖なしで歩けるようになりたいとは思っていないかもしれ
ないし、お金を稼ぎたいと思ってもいないかもしれません。
治療薬で副作用が少々あったとしても、とにかく動けるようになりたいということをい
ちばんの目標にしている人もいることでしょう。
高血圧で、起立性低血圧のある人の場合、ゆっくり歩くから転倒を心配することもない
というなら、降圧剤を飲まないですませるという方法があってもいいのです。がんで積極的に治療を受けることはしたくないとホスピスに行くことを望む人もいます。こういう方
は痛みをとる治療を選び、寿命は少々短くなってもいいと考えておられるわけです。
こうしたさまざまな希望に応える治療が、患者さん中心主義といえるものだと思います。
そのとき、医師は患者さんの願いをよく聞き、そして、治療プランを提案し、元気付け、
一緒に話し合った治療目標に向かえるよう手助けするということになります。患者さんの
自立性とそれによる恩恵を重んじる治療といえましょう。
今行われている治療の大半は病気中心主義です。日本では、まだまだ患者さんが何を望
んでいるのかではなく、治療のガイドラインに基づいて病気を治すことが優先される医療
文化がはびこり、このことが弊害になっている部分もあります。
究極的には、患者さんが何を望んでいるかが重要な課題となるでしょう。特段、いくつ
もの病気を抱えている方、寝たきりになっている方、寿命が限られた状態にある方の場合、
まずは、患者さんの望むことは何なのか、その希望が満たされる治療がなされるべきでしょう。一生付き合っていかなければならない糖尿病においては、血糖管理中心主義に陥るので
はなく、患者さんの気持ち、希望に沿った医療がますます大切になってくると思います。インスリンをやめたい、インスリンをしたくない、という素朴な希望をかなえることがで
きる一助となるのであれば、新しく開発された薬、インクレチン関連薬(DPP‐4阻害剤
やGLP‐1作動薬)の果たす役割は大きいのではないでしょうか。

血糖値を正常化しようとすると死亡率がかえって上昇してしまう、という衝撃の事実を突きつけたアコード試験の2008年の報告を受け、それから3年の間に、アコード試験を
追試するかたちの臨床研究が競って行われ、次から次へと、強すぎる治療の結果としてあ
らわれる低血糖の弊害についての研究結果が発表されています。
ここでいう強すぎる治療というのは、とりもなおさず、インスリン治療、SU剤による
治療です。こうした薬を使用して血糖値を正常化しようとすると、どうしても低血糖が引
き起こされ、その結果として、心筋梗塞がもたらされたり、さらには死亡率を上げてしま
ったりするのです。そしてまた、こうした強すぎる治療は、死に至らすことがなかったと
しても、日常生活を大幅に制限してしまう認知症、うつ病発症と関係している可能性が示
されました。
英国では一般臨床医に、2型糖尿病患者さんの血糖コントロールをHbA1c(NGSP値)で6・5%から7・5%に求めている、という事実は重いと思います。最も重要な
のは、6・5%よりも下げるなという条項です。これはアコード試験から始まった一連の
研究成果を受けて、血糖の下げすぎは人体に悪影響を及ぼすことは自明である、という立
場を明確にしていることです。
日本においても、「血糖値を正常化しましょう、そのためには厳しい食事制限をしまし
ょう、早期からインスリンを使いましょう」という間違ったメッセージを患者さんに伝え
てはならないと思います。伝えるべきは「血糖値の下げすぎは体に悪いので、少々緩めの
血糖コントロールでいきましょうね」、ということであり、そのための環境づくりが大切
だと思います。そして、患者さんの心をくみ取る、患者さんに優しい、患者さん中心の医
療が望ましいと思うのです。こうした状況が少しでも日常臨床の中で形成されることを心
から祈ってやみません。そうした意味でこの本が若干のお役にでも立つものであるとした
らうれしい限りです。
糖尿病を治癒させるとはどういうことなのか、いつも考えさせられます。患者さんにす
れば、治ったということはつまり医者に行かなくてもいい状態になるということだと感じ
ておられることでしょう。これはあたりまえのことで、風邪をひいた場合、医者に行って診察を受け、薬をもらい、治ればそれで医者とはおさらばです。
しかし糖尿病は、医者がいくら「よくなりましたね」と言ったとしても、外来通院がな
くなるわけではありません。延々と、血液検査を中心とした外来診療が続きます。苦痛に
満ちた治療との戦いが、多くの場合、命が終わるまで続くのです。しかも1型糖尿病の方
の場合は、若い時期からインスリンによる注射針を用いた治療が絶対に必要です。技術の
進歩があり、痛みを感じなくてもすむ針の開発が進んでいますが、それでも、一日に数回、
血糖を測定し、インスリンの量をあわせて注射をしなくてはなりません。では、どうすれ
ばこうした状況から逃れ、糖尿病を根本的に治しうる状態となれるのでしょうか。こうし
た観点から、IPS細胞の研究から目が離せないと強く感じています。
京都大学の山中仲弥先生の世界を揺るがす大発見により、実は糖尿病患者さんの皮膚細
胞から自分の膵臓をつくるというSFのような話が、にわかに現実味を帯びてきたのです。
2007年、山中先生はたった4個の遺伝子をヒトの皮膚細胞に打ち込むだけで、人工
多能性幹細胞(IPS細胞)ができるという史上空前の発見をされました。皮膚の細胞は、
もはや違う細胞に変わることはできない細胞の代表格とされていましたが、山中先生の方
法を用いると、違う細胞に変身することが可能な細胞に逆戻りすることができるのです。そして、このどんな細胞にでも変身可能な細胞、IPS細胞から、膵臓の細胞をつくると
いう作業に取りかかった研究者の世界的な競争が始まったのでした。
その中で現在、最も注目に値するのは、東京大学の中内啓光先生の研究であると思いま
す。中内先生らは、IPS細胞を用いて、2010年、マウスの体の中にラットの膵臓を
つくることに成功したのです。マウスとラット、これは似ているようで、実はとても違い
が大きいことがわかっているので、異種の動物間で臓器を入れ替えられたということは大
きな衝撃でした。実際には、膵臓をできなくしたマウスの胚細胞に、ラットの細胞からつ
くったIPS細胞を打ち込んだというものですが、膵臓がないマウスには、膵臓を作成す
る環境が整っており、このため、ラットのIPS細胞から膵臓がつくられたと考えられて
います。このラットの膵臓を持つマウスは、なんと、大人になるまで生き延び、糖尿病に
なることはなかったのです。つまり、マウスの中にできたラットの膵臓は、正常な機能を
持つ譚臓だったというわけです。
この方法を使うと、マウスよりも大きな動物、たとえば膵で同様の実験をすると、ヒトのIPS細胞を打ち込むことで、膵の体内に、ヒトの膵臓をつくることが可能になります。
手順としては、膵臓のできない膵をまず作成し、そして、ヒトの皮膚からつくったIPS細胞を打ち込む、そうすると、膵の体内に、ちゃんと血糖に応じてインスリンを分泌する
ヒトの膵臓ができるという算段です。少なくとも1型糖尿病の方の場合、このようにつく
った人工的な膵臓の一部を、自分の体に移植することで、糖尿病を治癒させられる可能性
が広がったといえましょう。
超えなければならない研究上、倫理上のバリアーはまだまだたくさんありますが、夢の
ある研究だと思います。心よりこの研究の進展と成功を祈るものです。

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