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アナボリックステロイド体験談2

      2016/05/31

アナボリックステロイド体験談2

ラミネートパックされたステロイド剤の束を手に取ったとき、安倍は緊張と高揚に包まれた。この時、彼はまだ大学生だった。ピンク色をした直径五ミリほどの八角形の錠剤がもたらしてくれるであろう効果を思うと、自然と興奮してくるのだった。

「これで後戻りできないとか、一線を越えてしまったという後悔はありませんでした。そんなことより、この薬を使えばもっと大きく、強くなれるということしか頭になかったんです。人間の限界を超えるためにはこういう手段も仕方ないと・・・」

彼はまず八週間のローディングプランを立てた。最初の二週間は毎日10錠50ミリグラムを摂取する。以降、五週目までをピーク期間として1日20錠を飲む。最後の週は再び毎日10錠に戻す。その後五週間ステロイドをやめ、再び8週間のサイクルに戻る。

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休止期間をおくことで肝臓への負担を軽減できると計算した。

「最初のワンサイクルで腕回りが2センチ、体重は5キロ増えました」

これはナチュラルビルダーが一年かかって、やっと到達できるかどうかという数値だ。「それでも使った量は参考資料に書いてあった量の半分、アメリカのプロビルダーたちの10分の1くらいなんです」

ステロイドを手に入れても、最大の効果をもたらす使用法とトレーニング環養摂取の法則を把握していなければいけない。そのためアナポリック・ステロイドの世界には「導師」と呼ばれる人々が存在する。グルとは本来ヒンズー教における導師を意味し、弟子たちの宗教活動を指導する人たちのことだ。アメリカには、ウォルター・ジェコット、ジム・プロックマン、ダニエル・ドウシェーン、マイケル・ムーニーなどの有名なステロイド・グルがいる。

ヨーロッパではオランダとイギリスのグルが有名で、中でもオランダ人医師のマイケル・カルステンは、水泳から陸上など数種目の競技の数百人の選手に四半世紀にわたってステロイドを供給しただけでなく、その細かな使用法やマスキングと呼ばれるドーピング隠しの方法を指導している。

東欧社会主義諸国崩壊後、国家ぐるみのドーピングが白日の下に晒され問題となっているが、それに関与した指導者層の中にも現在ではグルとして暗躍している者が多い。欧米のグルを総計すると千人以上という推定もなされている。 ドーピング後進国の日本では、実績のあるグルは存在しない。ほとんどの利用者は自分で勉強するか、闇ディーラーの生半可な知識を鵜呑みにするしかない。そんな事情もあって、彼はステロイドを入手する前に自ら文献を漁った。

日本に該当する資料はないので、アメリカから『アナボリック・リファレンス・ガイド』と『アンダーグラウンド・ステロイド・ハンドブック』を入手した。両書から、事細かくアナボリック・ステロイドの使用方法ー市販されているステロイドの種類、ステロイド・スタックと呼ばれる複数のステロイドを使ってより効果をあげるテクニック、ドーピングチェック対策、副作用に対する処方などを学んだのだった。

「これらの文献からの知識で、方法さえ工夫すれば副作用は最低限に抑えられるはずだと考えたんで す。それに、自分にとって副作用の恐怖は強い歯止めにはなりませんでした。大きな効果を得るのなら、ある程度の代償は仕方ないと決心しました」

だがアナボリック・ステロイドの副作用は深刻だ。長期にわたり過剰摂取されたステロイド剤は肝臓を直撃する。それは胆汁分泌機能の異常や黄痕という形であらわれることもあるし、突然、肝機能が低下する場合もある。ステロイドに侵された肝臓はやがて肝硬変から肝臓癌に移行する。腎不全や尿毒症を併発することもある。そのほか前立腺癌、寧丸や卵巣の機能低下、陰茎葉委縮、陰核肥大などが起こり、動脈硬化や脳血栓、高血圧、頭痛などの疾病を誘発することもある。血栓は大腿部の静脈にしばしば発生し、そのために足部切断を余儀なくされるへビーユーザーは数多い。

外見にもステロイド剤の副作用は顕著だ。男女とも皮膚が脂性となりニキビが絶えない。吹き出物は顔だけでなく背中や腹部にもあらわれ、顔面は浮腫しムーンフェイス(満月様顔貌)となる。男女問わず頭部の脱毛も進む。

アナボリック・ステロイドは、性ホルモンのバランスを大きく崩す。反作用として、ステロイドは代謝の過程で異性ホルモンに変換する場合があり、男性の乳房の女性化や声の高音化、女性の場合はヒゲや体毛が濃くなり喉仏が発達し、声の低音化という症状になる。精神面では攻撃性が高じて瞬鍵的、分裂的な精神障害に進む割合が高い。

アメリカのスポーツ誌「スポーツイラストレイティッド」の九八年五月十八日号はァマッスル・マーダー、と銘打って、ボディビルダーにまつわる殺人事件を特集しているー。女性ビルダーのサリー・マクニールは、九五年二月十四日に夫でプロビルダーだったレイ・マクニールを射殺した。一因としては日常的な夫の暴力があった。

だが夫婦間の、あるいはボディビルダー同士とでもいうべきか、ステロイド配分による争いが直接の引き金となって殺人にまで発展したのだった。九七年九月三十日には、ミスターユニバースを経てプロとして活躍していたバーティル・フォックスが、ガールフレンドとその母親を射殺した。原因は、別れ話がこじれたためだった。

銃社会という背景も見逃せないが、アメリカでは有名無名を問わずボディビルダーによる殺傷事件が数多い。アメリカの検察は、これらの事件の要因をステロイドに求めている。過度のステロイド摂取によって性格が粗暴になることは、マイク・クリスチャンやジョン・マラノなど大勢の著名ボディビルダーが認めているところだ。

アナボリックステロイド利用者の殺人事件

国内でも、ステロイドユーザーのボディビルダーが事件を起こしている。

横浜地方裁判所でその判決kmのは、1998年12月14日のことだった。中西武夫裁判長は被疑者、岩間勧に対して、「犯行は粗暴、凶悪このうえなく、被告の刑事責任は極めて重く、本来は無期懲役が相当だ」と述べる一方で、岩間が犯行当時に覚醒剤を服用して心身耗弱状態だったことを認めている。検察の求刑は無期懲役だったが、裁判長は懲役二十年を言い渡した。 関係者によると、岩間はうつろな表情で判決を聞いていたという。判決後、岩間は直ちに控訴した。

弁護側は彼の犯行を薬物乱用がもたらした心神耗弱状態が原因としており、被疑者に刑事責任はなく 無罪がふさわしいと主張している。 事件は九三年十一月五日の金曜日、横浜市中区の中華街で起こった。110番通報があったのは午後八時半頃。東門に近接した中華料理店北京飯店前で、小山のように大きな男が暴れているという内容だった。その男こそ岩間で、当時は身長173センチ、体重120キロを超すというサイズだった。彼は同日午後五時半頃に、現場から300メートルほど離れたエスニックレストランを訪れている。

この店は叔父が経営していた。岩間は金の無心をしたが断られ、店を出る際に小型ナイフと10キロタイプの消火器を持ち出す。

店外に出た直後から消火器を振り回して、タクシーの窓を壊す、自転車をなぎ倒すという蛮行を始めている。 通報を受けた神奈川県加賀町署員の熊谷尚樹、山本康一巡査部長らは現場に急行した。取り押さえようとした熊谷巡査部長は、岩間が持っていたナイフで左胸を、山本巡査部長も腹を刺されてしまった。

警官らを蹴散らした岩間は、さらにグループで観光旅行に来ていた京都府舞鶴市の若い女性を立ったまま後ろから押さえ付け、首筋にナイフを押し当てた。犯行の最中、岩間は「ばかやろう」とか「うるせい」などと大声で叫び続けていたという。警察は約二十人の警官隊で岩間を取り囲んだ。彼が逮捕されたのは通報から一時間後だった。説得に応じて女性を解放した隙に、警官六人がかりで彼を取り押さえた。

熊谷巡査部長は病院に運ばれたが出血多量で死亡した。 この事件は翌日の朝日新聞が東京版朝刊一面で「ナイフで2警官殺傷男を逮捕女性一時人質に」と報じたのを筆頭に各紙、テレビとも大きく取り上げている。そして多くのボディビル関係者たちが、被疑者「岩間勧」の名前を聞き、彼の顔写真を見て驚きの声をあげた。

岩間はかつて大活躍した男性ビルダーだ。高校生時代からウエイトトレーニングをはじめ、大学生 時代に東日本学生大会でデビューし注目を集めた。その後も彼の並外れた巨騙はミスター関東優勝、ミスターアポロ二位をはじめ、数多くのトロフィーをもたらした。斯界では将来のミスター日本を嘱望される逸材だったが、八六年にJBBFがドーピング検査を実施したのを契機にコンテストシーンから姿を消している。

その後は東京・港区にあった恵比寿トレーニングセンターの経営を任される一方、サプリメント類の販売にも従事していた。主だった大会会場にはジムオーナーとして、あるいはサプリメント販売業者として頻繁に顔を出していたし、専門誌にも度々登場していたからボディビル界では有名人だった。

11月6日の夕刊には事件の続報が掲載されているー岩間の尿からは覚醒剤反応が認められた。捜査陣は彼の凶行を覚醒剤の幻覚症状による犯行とみなしている。メディアは、岩間が「元フィットネスセンター指導員、有名なボディビルダー」で「覚醒剤の使用は否認しているが、犯行前に筋肉強化剤だけ使った」と供述していると報道した。皮肉な話だが、日本でボディビルダーがこれほど大きな活字になってマスコミを騒がせたことはなかっただろう。

警察が横浜市の新興住宅街、港北区吉田町にあった高級マンションを捜索したところ、家賃20万円といわれる岩間の3LDKの部屋から脂溶性アナポリック・ステロイドが発見された。多くの人々が筋肉を大きくする薬物、筋肉増強剤=アナボリック・ステロイドを覚醒剤と混同して理解したのではないだろうか。ステロイドには性格を粗暴にしたり好戦性を増すという精神面への影響があるが、覚醒剤のような数々の幻覚や強迫観念を呼ぶわけではない。逆に覚醒剤は多大なパワーや筋肉を生まない。10キロの消火器を楽々と凶器に変え、警官六人がかりでなければ取り押さえらないほどの狼籍は、アナポリック・ステロイドがもたらす力と、それを支える筋肉の存在を見事に証明していると考えるべきだ。

岩間のことを学生時代からよく知る友人は語る。「岩間はおとなしくて、優しすぎるくらいの男だったんだけどねえ・・・ちゃんと礼儀もわきまえていた。あいつは本当に練習熱心だったし、ボディビルに対する情熱は誰にも負けないものを持っていた。だけど彼が薬物を使っていたことはこの世界では有名な話でした。

だって、普通、日本人はあそこまで大きくなれないですからね。でも、あいつがステロイドに走った気持ちはよくわかります。これはボディビルダーなら全員理解できるはずです。誰だって大きくなりたい。筋肉を大きくすることだけ考えて、毎日を過ごしているのがボディビルダーなんですから。

薬物を使ってみたい、と考えたことないビルダーなんていないと思いますよ。ただ、どこで踏みとどまれるかーそこの問題なんです」岩間を知るビルダーは、彼の熱心な指導ぶりやボディビルに対する情熱を称賛してやまない。中には、「彼の父親は東大の大学院で宇宙工学を学んだ秀才だったと聞いたことがある。

岩間が筋肉づくりに熱中したのは、父親に対するコンプレックスからじゃないか」という声もあった。岩間自身に対する薬物使用の噂だけでなく、恵比寿ジムからは薬物検査失格者が出ている。彼のジムではステロイドを販売しているという風評も立った。ボディビル専門誌に禁止薬物のマスキング剤(検査での陽性反応を消す薬)の販売広告を掲載したことが大問題となり、JBBFの東京都連盟から公認ジム資格停止処分も受けている。

国内で陽性反応が出た選手は、再びコンテストに挑戦することなくボディビルダー生活を終えるパターンが多い。日本の風土はルール違反を犯したものに対して厳しく、つらい。薬物使用者はボディ ビルにかかわる限り、ステロイド剤を捨てたとしても、ずっとうしろ指をさされ続ける運命にある。

この村八分の恐怖がアナボリック・ステロイド使用の抑止力となっているともいえよう。ボディビルサークルからスポイルされたことで、ジムの経営、ボディビル用品販売ともに傾き始め、彼はかなり窮地に立たされていた。再び岩間の友人が語る。 「あいつ、どうしてあんな事件を起こしてしまったのか・・・やっばり寂しかったんでしょうね。だから覚醒剤にも手を出してしまったんだろうと思います。あいつはボディビル以外の生き方を知らなかったわけだし、信じられるものは自分の身体しかなかったから」 東京拘置所に収監されている岩間と最初に会ったのは九九年の五月二十八日だったアクリルかプラスチック製だろう、透明な板で挟まれた鉄格子の向こう側に彼はいは制服姿の所員がいて、彼と私の会話を逐次記録している。

部屋の広さは三畳くらいだろうか。目礼した岩間は背筋を伸ばして腰掛けており、凍とした雰囲気を持っていた。彼の顔色は青白さが印象的だった。黒いトレーニングスーツを着ていたのも、蒼白さに多少は影響しているかもしれない。トレードマークだった髭は今も生えているものの、こけた頼は五年を超す拘置生活を偲ばせる。「今、体重は八○キロくらいです」声がくぐもって聞こえるのは、マイクを通して話すからだ。

この五年で40キロ以上の体重が減ったことになる。彼は拘置所内で許された運動以外は何もしていないと語った。彼を知る多くの人たちが指摘するように、彼の口調は丁寧で、その態度は折り目正しいものだ。岩間は拘置されている現在も、ボディビルに対する情熱が少しも衰えていないと力説した。罪状に関しては、「隣に別の自分がいて、彼の指示を聞いてはいけないと思いつつも、言う通りに動いてしまった」と、覚醒剤の幻覚作用だったことを強調していた。

以降、彼とは面接だけでなく書簡を通じて意見を交換するようになった。彼の書く文字はやや金釘流で、強い筆圧で書かれている。縦書きの便等の爵線と野線の間でなく、ライン上に文字を連ねるのが特徴だ。誤字はほとんどないが、ボディビルに関する文言に対しては興奮を抑えられないのだろう、時おり文脈が混乱する場合もある。彼を知る人たちの「普段の礼儀正しい彼と、一心不乱に鬼のような形相でボディビルに取り組む彼は、とても同一人物とは思えない」という証言を思い出した。

まず最初に、彼がドーピングをしていたのかどうかの事実を確認してみると、彼はためらうことなく「イエス」と答えた。「日本のボディビルコンペティター(競技者)は、盆栽のように小さくまとまることしか考えていません。だから日本のボディビルは貧相なのです。ボディビルが多くのファンを掴むには、貧弱なコンペティターを並べて、コンテストのレベルを下げてはいけません」普通の人が、あれなら自分も、と思うような肉体、誰もが頑張りさえすれば何とかなるような身体では、ボディビルの神髄をまっとうしたことにならない。

「人が金を払って見たいのは、非日常や超越したものです」と岩間は強調する。 「ボディビルのようなモノは、ルールに守られ、従った中で凄さ、美しさ、力強さで人々に訴えても全く無意味なのです。人間の根源的な凄さ、力強さ、美しさへの憧れを刺激するには超人的なそれが必要です」だからこそ、彼はアナボリック・ステロイドを選んだ。「私は、文化や常識や道徳やルールに守られて価値を認められているのは脆弱だと思っています。何を美しいと感じるかは文化や人によって違いますが、人間が国境や文化をこえて求めるのが力と強さ、美しさではないでしょうか。

そこでは一目見て普通とは違う過剰が、魂を揺さぶるはずです。そう考える私ですから、ステロイドを使ったボディビルコンペティターになったのです」そして高らかに宣言する。「私は出所したその日からトレーニングを再開し、ステロイドも使用するつもりです」ボディビルをどう捉えるかで、ドーピングに対する立場が変わってくる。

「私はボディビルは、スポーツではないし、オリンピック種目になってはならないものだと思っています。特にオリンピックでドーピングが禁止されている間は。ボディビルをスポーツと錯覚して考えてドーピングを禁止するというのは、根本的に間違っています。ミス・ユニバース(美人コンテストの)が整形手術を禁止していないし、禁止することが間違いで現実的でないように」岩間は、ボディビル関係者がコンペティションだけではなく、生涯スポーツとしてのボディビル、あらゆるスポーツの基礎トレーニングとしてのボディビルをも追求しようとしていることに幻滅を抱いている。「私は失望、落胆と怒りと悲しみを感じます。何としてでも普通の人々に受け入れて、認めてもらいたい。そればかりしかないアダルト・チルドレンのような連中がコンテストを開いているのですから、コンペティションやショーとしての、日本のボディビルコンテストのレベルが上がり、おもしろくなる日は来ないでしょう」

ボディビルの本質とは

岩間は痛烈な言葉を吐き続ける。

「誰もが見ただけで、凄さを感じる身体を訴求すべきです。中には凄さよりも、嫌悪感を感じる人もいるでしょうが、ボディビルダーが凄さを追求するのに、ルールなどは全く必要ありません」

彼は「日本人は常識に縛られて小市民的安定、安全、普通指向」に陥っていると指摘し、その小市民、の中に安倍の名も連ねた。岩間は安倍とは面識がないが、岩間もまた安倍の巨大な肉体を専門誌などで知り、そこにステロイド剤の存在を見たのだった。

「安倍君も、そして私もやはりマジメ過ぎるとも思います。皆、コンペティターでステロイドを使っているのですから人一倍競争心が強く、発達のためにはどんな事でもする人間ですが、求道的というか、人間がカタいのですね。アメリカのプロビルダーでも、ストイックなヤリ方でドーピングを行っていた人は、早くバーンアウトしてしまっているようです」時には、

「ステロイドを使ってボディビルダーを続けるには、『バカでなれず、利巧でなれず、中途半端でなれず』です」と書き送ってきたこともあった。

「ボディビルほどその人間の素質とヤッテいることがそのまま見える事はありません。身体を大きくすることに、時の運は全く関係ないのです。ステロイドを使ったからといって、必ず大きくなれるわけでもない。ただ、ただ筋肉を最優先して生活していくしかありません。だからこそ、アナボリック・ステロイドを使用して、身体を大きくできたことは誇りなのです。誰が見てもステロイドを使っているように見えなければボディビルダーとしては恥ですね」

プロビルダー

安倍の身体にマイナスの異変が起こったのは、アナボリック・ステロイドを使用して三年目、社会人になった春のことだ。新入社員の健康診断で肝臓機能を示すGPTが極端に悪い値を示した。副作用を警戒して外人ビルダーに遠く及ばぬ量しか服用しなかったのにー彼は庶務課から回ってきた検査結果を見て消然とした。

だがこの最初の災厄は、彼とボディビル、ステロイドの関係を疎遠にするどころか一層強固なものにする。 彼は大学を優秀な成績で卒業し、コンピューター関係の会社に就職した。一流企業といっていい会社だった。父母は手放しで喜んでくれた。あるいは彼は、父母の笑顔を見るためにあの会社を選んだのかもしれない。

父母から見れば、息子はまっとうな出世レースをスタートさせたはずだ。だが彼は、もうそういったことに情熱を費やす気など失せていた。 彼が入社した頃はパソコン市場が一気に拡大した時期だけに、職場は多忙を極めていた。会社員としての責務を果たそうとすると、どうしてもトレーニングのできない日が続く。彼は一週間近くもトレーニングから離れざるをえなかった。このようなことは、本格的にトレーニングを開始してから初めてのことだ。食事もままならない。忙しいときは昼食抜きなど当然だ。その代わり先輩たちが酒場へ誘ってくれる。空腹に酒を流し込み、高カロリーのおつまみを詰め込む愚を、彼は続ける気にならなかった。ある日、彼は給湯室でプロテインを飲んだ。

それが女子社員に見とがめられた。上司からは、仕事中におやつを食べるとは不謹慎だ、と叱責を受けることになる。ステロイドの副作用に加え、仕事とボディビルは両立できるはずだという自分の青臭い料簡を、彼は反省した。

プロボディビルダーー彼の思考をこの言葉が支配するようになる。「このままの生活が長引くと、せっかく出来上がりつつある身体が元に戻ってしまう。自分の中のプ ライオリティは、まず筋肉です。

それだけは絶対に譲れなかった。プロになって生活が楽になるとか、 そういうことはどうでもいいんです。筋肉を肥大させることと、自分の職業が同じべクトル上にあるということが大事なんです」アメリカ、中でもIFBBのプロになるにはIFBB傘下のアマチュアボディビル団体NPCのナショナルズ大会でクラス優勝するか、ミスターアメリカのオーバーオールで勝たねばならない。NPCはIFBBと同様、実質的にステロイド検査をしていない。

世界最大のボディビル王国で頂点に立つには、これからも薬物の助けを借りなければー。さらに、ステロイドをやめるとたちまち肉体上の効果が消えていくという事実が、彼を怯えさせた。そのくせ副作用や後遺症は薬をやめてもずっと残る。彼はアナドロールの服用を中断し、同じステロイド剤のプリモボランに代えた。この薬を選んだのは、薬効が弱いものの、その分肝臓で分解されやすいからだ。

「アナドロールの恐ろしさを垣間見た気もしましたが、方法さえ修正すればいいと思いました。本音をいえば、薬をやめることにより身体が元に戻ってしまうことのほうが怖かった」だが次の副作用が容赦なく襲ってくる。

彼の胸が女性型乳房に変形してきた。女性化乳房は、男性ステロイド利用者の副作用として代表的なものだ。症状は、まず乳房組織内に痛みをともなうしこりができ、乳首からミルク状の分泌物が溶むという症状で進行する。アナボリック・ステロイドの過剰な注入で完全にホルモンバランスの狂った身体でも、人間本来の調整機能までは失われない。身体の中の自然の力は、極端に男性側に振れたホルモンの針を、今度は女性側に振り戻そうと躍起になる。その結果、男性の肉体に女性の象徴が出現する。女性型乳房が著しく進行したら形状も女性の乳房近くなり、外科手術が必要だ。この症状が出たら一刻も早くステロイドの服用を中止しなければいない。

「さすがに来るべきものが来たかという気持ちでした。でも何度も文献を読み返し、ノルバデックスという薬を調達して、女性ホルモンの活動を抑えることにしました」薬褐を別の薬で抑制することで、彼の女性型乳房化は消滅した。

しかし彼はことさら冷静に語る。

「科学的に対処すれば副作用は防げる。それは海外の研究でも明らかです。自分はこれらの失敗を二度と繰り返さないつもりです」厳重なコントロールの下でなら、十年間アナボリック・ステロイドを服用し続けたとしても、副作用が出る確率は100分のゼロに近いという。

プロビルダーがステージで活躍するのはたいてい7,8年というのも、この説を知ってのことだろう。ただ、分母が1,000、10,000となった場合は確実に 犠牲者の数が増えてくる。それは旧東欧圏の選手たちや、アメリカのビルダーたちを筆頭とする数多くの例を見れば明らかだ。このときは無事だったが、彼にもまたいつ副作用が襲って来るかはわから ない「完全に副作用の心配がないとは言い切れないけれど・・・もう自分は引き返せないんです。

ファウス トのように、悪魔に魂を売ったとは言いませんが、この身体を理想にまで到達させるためには:そのときの覚悟は、できています」入社した年の晩秋に彼は会社を辞めた。コンピューター会社にいては満足に筋肉を鍛えられないー理由はそれだけではない。会社員になった年、彼はあるコンテストで予選落ちという屈辱を味わっている。安倍のコンテスト歴で、唯一の予選落ちがこの試合だった。調整不足という明確な事実を、彼は素直に受け取った。次の職場はフィットネスクラブだ。アルバイト待遇のうえ給料は半減したが、そこは勤務時間中でも、客がいなければトレーニング可能という、彼にとっては恵まれた環境だった。だがさすがにこの決断を父母に伝えるのはためらわれた。「でも、最初の会社に入ることで自分は父母の期待をかなえてあげられたはずです。これからは、自分の生きたい道を選んでもかまわないと考えました」彼は都内の安アパートに住んだ。以降、結婚するまでの数年は雑音をすべてシャットアウトし、生活のすべてを筋肉に捧げる日々が続く。

ジムの始業前と就業後の一日二回、彼は誰もいないトレーニング場で身体を鍛えた。肉体鍛練だけでなく、食べることも重要なボディビルのファクターだ。会社を辞めた当初は一万カロリー近い食事をとった。これは彼と同年齢の青年の摂取すべきカロリーの四倍近い。それを一日五回に分け、常に空腹でも満腹でもないように食事をとる。血糖値を一定にしインシュリンの活動を平均にすることが、筋肉育成のひとつの条件といわれているからだ。経済的に恵まれていないので米、卵、鶏肉、キャベツ、それにサバ缶が毎日のメニューだった。丼2杯の飯に全卵六個と卵白四個を使った卵焼き、鳥の胸肉300グラムを焼いたもの、さらにサバ缶をひとつ。朝からこれだけのメニューを平らげる。三食の合間にはプロテインを飲む。普通なら一月は持つプロテインの徳用袋を、彼は一週間で空にした。ミルクに溶け切れず、溶岩のようになっものを喉に流し込む。プロテインはジムの社員割引で格安に手に入るので助かった。体重が増えるとトレーニングで扱う重量も増加する。扱う重量が増えれば、筋組織への刺激も倍加しより太く大きな筋肉をつくれる。

常軌を逸した高カロリー食だから、当然脂肪も増えるが、そんなことを気にしていてはダメだ。「ボディビルダーには信念を持って太る時期が絶対に必要です。いわばこの時期をクリアできるかどうかが、試金石といえるでしょう。太ること、つまりバルクアップした姿はまるで力士のようで、逆三角形というボディビルダーのイメージからは程遠い。おそらく誰が見てもデプ、かなり格好の悪い姿だと思います。

自分もあの時代は女性とは縁がありませんでした」その後、安倍はステロイドを使用しながら、国内のいくつかのコンテストに出場しほとんどを勝利で飾っている。試合は圧勝という結果が多かった。アナボリック・ステロイドの効果は、こうしてほかのナチュラルビルダーと同じステージに並ぶことで際立つ。コンテストに向け、やるべきことはたくさんあった。まずは日々のトレーニングと減量だ。安倍の初タイトルとなった、ある地方コンテストで優勝した時は、100キロを超えていた体重を八五キロまで絞った。体脂肪率は五パーセントだ。コンテストでは、カットやディフニッションという、脂肪が落ちて筋肉がハッキリと見えることに加え、ストリエーションという筋肉線維が浮き出ることまでが求められる。彼は減量の目安を体重に求めず、腎部に厳しいカットとストリエーションを刻むこと に置いた。

臀部は身体の中で最も厚い脂肪が覆っている部位だ。激しいトレーニングと細心の注意をった減量なしに、この部分の脂肪は取れない。腎部を構成する大殿筋と中殿筋の境目をはっきりさ、次に何本もの筋線維を浮き出させる。コンテストの四か月前から減量を始めた。まず食生活の中から脂質をすべて除く。これで総摂リーのほぼ一五パーセントに相当する熱量がカットできる。市販の総菜や弁当、外食、スナック類などには多量の油分が含まれているので口にしない。調理用油はもちろん、マヨネーズやドレッシングの類もすべてオミットしなくてはいけない。食事はすべて栄養ガイドブックでタンパク、脂質、炭水化物の量を計算して自炊する。

栄養素の組成が明示されていない食品もすべて除外した。炭水化物は玄米を代表とする、精製していない穀物、複合炭水化物でとる。これらはブドウ糖への変換時間が長く、血糖値を安定させてくれる。タンパク質の摂取は、経済的な見地からも卵を主役にした。黄身には脂肪分が多いので白身だけだ。

同じ理由で肉類は牛と豚でなく鶏、それも皮なしの胸肉かササミにする。最初の一か月で七キロの体重が落ち、コンテスト準備は次の段階に入る。それまでは高重量で行っていたトレーニングを、中重量で高回数に切り替えた。高重量のトレーニングは大きな筋肉をつくり、中重量で高回数の練習は筋肉中の脂肪を排除してくれる。だが目標とする筋肉のカットにはまだ遠い。カロリーをさらに一五パーセント落とす。脂質だけでなく炭水化物も抑えなければいけない。

調味料では砂糖をカットし、塩もセーブした。筋肉の上は薄い皮膚だけという状態を実現するには、水分を溜め込む作用のある塩分は邪魔だ。ダイエットの反応は身体のあちこちに現れる。まず神経が鋭敏になり感受性が高まった。音楽を聴いていても、普段は聴き落としていた音が耳に入ってくる。味覚も発達し、食材そのものが持つほんの僅かな塩味や甘みを感知できた。机の上のチリや服の汚れなど、いつも目につかないものにも気づくようになった。しかしダイエットが長くなると体重の落ちがストップしてしまうことがある。身体の自衛本能が働いて摂取したカロリーを脂肪に変換して蓄積しようとするからだ。それを防ぐためには意識的に高カロリーの食事をとり、身体を幻惑する方法が効果的だ。そして再び厳しい減量に入る。

一度タガを外すと、そのままズルズルと後戻りしてしまうビルダーは多い。毅然とした精神力なくしては、このノウハウは危険ともいえる。だが彼は、この難関をやすやすとクリアした。やがて調整は最終コーナーに入る。最後の二週間、彼は一日の摂取カロリーを一五○○まで落とした。これは彼の年齢の男性の基礎代謝量、生命を維持するために最低限の必要カロリーに等しい。本を読んでいても字面を追うだけで内容が入ってこず、食後はついさっき食べた物が思い出せない。

軽く痺れた感じが全身を覆う。ジムにいても、最盛期の半分以下のウエイトを持つだけで息が切れた。コンテスト前夜、彼は合わせ鏡で自らの後ろ姿を見た。計画通り、腎部には横紋筋のスジが走っていた。ただ、XXLを着ていたウエアがXLにサイズダウンしたのは悲しかった。これで自分も並のビルダーの大きさになってしまった、と思った。彼にとっての最大の関門は、厳しいドーピング検査を通り抜けることだ。薬物反応を消すにはいくつかの方法がある。ひとつは女性ホルモンなど反作用の強い薬を使ってアンドロゲン効果を中和する。もうひとつは徐々に弱い薬に代えていって最終的にはステロイドをカットし、身体をクリーンにする作戦だ。

JBBFだけでなくIOCもドーピングチェックは尿検査で血液組成までは調べない。要は 尿から違反物質が検出されなければいい。彼が選んだのは最後の方法だった。コンテストまでの五か月のうち、従来よりピーク期間を二週間延長して合計十週間アナドロールを使い、次はプリモボランで六週間のサイクルを組む。残りの四週間は完全にステロイドをオフした。これで尿からステロイド反応が出ることはないはずだ。

「自分はルールというものを、合理的に解釈すべきだと思います。大会当日に潔白な身体を要求されるのなら、その日に薬物反応を出さないようにすればいい。法解釈上、その選手はクリーンなんです。バスケットボールで試合時間を引き延ばすためにファウルをしたり、サッカーで相手にダメージを与えるためにボディコンタクトするのと同じで、ルールに守られたルール違反とでもいうべきでしょうね」

とはいうものの、彼は逸巡した。特にナチュラルの選手と同じ土俵に立つという道義的な問題に関して、さすがに賠躍したという。

「だけどプロになるには、どうしても国内の試合で勝たなければいけない。そう信じこんでいたんです」彼がステロイドを服用しはじめた頃、アメリカの大会に出るには市民権の有無など難しい問題をクリアしないといけないといわれていた。彼は日本のコンテストで優勝して、アジア大会さらにミスターユニバースへと駒を進め、そこでも勝って名前をあげプロへのチャンスを窺うというやり方を選んだわけだ。自分は日本のコンテストにこだわっているわけではない。目標はあくまでもアメリカへ渡り、IFBBのプロ選手になることだ。日本でのコンテスト出場はそのためのステップにすぎない。彼はこう自分自身に言い聞かせた。

しかし限界を超えた筋肥大を目指す彼にとって、カットやディフニッションに重きを置く日本のコンペティションへ参加することはどんな意味があるのか。審査員の目で自分の身体が順位づけされるということは、彼の理想と方向性が違いすぎるはずだ。「功名心というより、自分の筋肉がどう評価されるかというのに興味がわきました。筋量勝負なら圧勝する自信はありました。こう言っては失礼ですが、ナチュラルでトレーニングに励んでいらっしゃる方々と同じ程度では、プロを目指す価値などないんですから」ボディビルコンテストは朝が早い。

午前九時には予選審査が始まるから、七時過ぎには選手たちが集まってくる。夏だというのに選手たちがナイロン素材の長袖アップスーツに身を包んでいるのは、筋肉を冷やさないための配慮からだ。控室に入ると、彼らは荷物を置きそのまま床に腰をおろす。大きなバッグにはタオルや着替えのほか、チュープやダンベルが入っている。タッパーウエアの中身は、おにぎりや苑で上げたパスタ、バナナやリンゴといった果実などの炭水化物だ。筋肉を張らせるパンプアップには、こういった炭水化物の補給が欠かせない。

急激に血糖値を上げようという魂胆か、チョコレートを日にする者もいる。控室の彼らは無口だ。ただ炭水化物を食む音だけが部屋に満ちた。どの顔も厳しい減量で頻がこけている。そこに日本人離れした黒い肌と、目の白さのコントラストが加わって、異様な印象を生む。安倍は予定通りの調整をこなして決戦の日を迎えた満足感と、ひょっとしたら負けるかもしれないという不安感がない混ぜになったような気分だった。やがて係員が、予選が始まるから準備を始めるように、と伝えた。一転して部屋中が騒然となる。安倍も身体をパンプアップさせるため、腕立て伏せを始めた。深く腕を曲げながら大胸筋、三角筋、上腕三頭筋・・・数々の筋肉に意識を巡らせる。安倍の額に満が浮かんで来る頃には、腕と肩が熱っぽくなり、胸がシャツをはちきらせそうになってきた。

再び係員が現れ集合を告げる。彼はウエアを脱ぎ去った。巨大な岩石から彫り出したような肉体が汗で黒光りしている。ボディビルは不思議な競技だ。控室でビルダーパンツ一枚になった時点で、ほぼ試合の優劣が判明してしまう。そこには筋肉という価値観しか存在しない。安倍の身体の大きさは、たちまちにして控室を圧倒した。

彼と戦ったビルダーたちは異口同音に話す。

「噂には聞いていましたが、裸になった彼があれほど大きいとは。これじゃ外国人と戦っているようなものだと思いました。細かな筋肉のニュアンスでは、彼を上回る選手もいます。だけど、そんな小細工を打ち砕くほど、彼の筋肉は肥大しているんです」

予選審査は大相撲の前相撲に雰囲気が似ている。客席は人影もまばらだが、観客の目は肥えていて厳しい。彼が登場すると観客席からは驚標の声が上がった。ほぼ完璧というべきシェイプとマスキュラリティなのだから無理もない。特に二階席から遠目で見た彼の腕の太さと肩の張り出し具合は圧巻だ。

そこには、人間ではなくスーパーマンやバットマンのような、アメリカン・コミックのヒーローが立っているようだった。

予選が終わると、選手たちはいったん控室に戻り、そこで結果が発表される。予選通過者はチューブを引っ張ったり腕立て伏せに忙しい。ナチュラルの選手は筋肉をパンプアップさせても、それは十分ほどで消えていく。だがステロイドユーザーの場合、膨張した筋肉はゆっくりと冷める。ここでもナチュラルとドラッグユーザーの差は歴然だ。 比較審査の頃になると会場は活況を呈してくる。精鋭ばかりがステージに立ってもう一度基本ポーズをとったとき、すでに場内では彼の優勝が瞬かれていた。

果たしてファーストコール、で、彼のゼッケン番号が真っ先に呼び出された。会場からは大きな拍手が起こり、安倍はアドレナリンが一気に血管を巡るような気がした。これで勝ったという確信がもてた。身体は精神と密接に繋がっていて、筋肉にはさらに張りが出てきたようだ。 彼はフリーポーズに好んでクラシックの名曲を使う。最初に制した大会はシューべルトの「未完成」だった。雄大な曲調に引かれただけでなく、そのタイトルに自分自身をオーバーラップさせたかった。ムソルグスキーの「展覧会の絵」というときもあった。ある大会ではワーグナーの「ジークフリート組曲」を用いている。ワーグナーの曲は荘厳なスケールの中に、血肉を沸き立たせる旋律が満ちている。

レンガを置いたような僧帽筋、大玉のメロンを彷備させる三角筋、ドッジボールを並べた大胸筋。背中というより亀の甲羅が想像される背部の筋肉群。彼の圧倒的な筋肉群とワーグナーの曲は見事に調和していた。そういえばリーフェンシュタールが手掛けた、べルリン・オリンピックの記録映画にも、ワーグナーの曲が使用されている。

ナチスが心血を注いだこのビッグイベントに、ワーグナーの作品はピタリとはまっていた。

「・・・アナボリック・ステロイドが発明されたのも、ナチス政権下のドイツでした。ナチが優秀な肉 体と知性を常にドイツ青年に求めたというのは有名な話ですし:自分がワーグナーを選んだことと、ナチズムのそういった傾向は特にリンケージしているわけではありませんが:ある意味では自分の求めている世界は、ヒトラーが理想とした極端な世界と似ているのかもしれません」

?ドーピング検査

異形への道

ドーピング検査は試合終了後、優勝者をはじめ数人の任意の選手を対象に行われる。ところが彼は、この大会で、コンテストが昼休みとなった時点で呼び出された。審査員全員の目にも、彼の筋肉は尋常ならざるものと映ったのに違いない。ドーピング検査室に呼び出されたのは彼だけだった。検査に同意する書類にサインした後、彼は紙コップをもってトイレに向かった。ドーピング委員も同行して不正のないように監視している。海外では陽性反応者が検査結果に異議を申し立てるとき、排尿時に検体尿が入れ替えられたと主張する例が後を絶たないからだ。

「どうした、早くしなさい」

意識すればするほど、尿が出ない。昨日サウナに入って最後の水抜きまでした身体には、もうほとんど水分が残っていなかった。しかし、さすがに尿まで涸れてしまうとは思わなかった。痺れを切らした委員は、水分の補給を認めてくれた。彼はウーロン茶の缶を立て続けに一○本も飲んだ。尿は委員の手で慎重に二本の試験管に移され、厳重にシールドされた。試験管はさらにビーカーに入れて再び封印される。尿はIOC公認の検査機関に送られ判定を待つ。検査では人体で生成されるテストステロンと、体外から入ってきたホルモン量の割合を調べる。

テストステロンは男女とも自然に体内に存在する。健常者の尿に排池されるテストステロンとその代謝産物のエピテストステロンの比率(T/E)は、男性で一・三/一以下、女性なら二・五/一をオーバーする例は珍しい。しかし、およそ一パーセントほどの割合で男女とも五/一となるケースがある。そこでIOCは公正を期すために六/一という許容基準を設けた。この規則だと、生来のT/E値が一/一と低い選手なら、検査結果が六/一になるまでステロイドを利用できることになる。一/一値の選手が六/一値までステロイドを使用したとすれば、理論上は筋力だけで約二割のアップが可能といわれている。

「検査結果が出るまで、ひと月くらいかかる。今日の試合は午後のファイナルも、せいぜいがんばりなさい」

こう係官は言った。この大会で安倍は圧勝し、ドーピング検査の結果もシロだった。とはいえ彼の肉体は明らかに日本人の常軌を逸している。彼の周囲では、常に薬物検査の結果を疑問視する声が渦巻いた。だが、その確証を得ることができない。彼の言う通り「大会当日に潔白な身体なら、法解釈上はその選手はクリーン」なのだから。その後も彼は苛酷なトレーニングを課し、ドーピングも続けた。

そんな彼のもとに、一通の手紙が配達証明付きで届いた。それはJBBFからのもので、明後日に抜き打ち検査を行う旨が記されていた。そのとき、彼はドーピングのピークの時期にいた。まさか抜き打ち検査の対象に自分が選ばれるとは。中一日でステロイド反応を消す手立ては、思いつかなかった。もう国内のコンテストに出られなくても仕方がない。ドーピング違反者として、これから背負っていくだろう非難と偏見も、敢えて受け入れようー。彼は覚悟を決めて検査に向かった。後に知ったことだが、当日は彼以外にも二人の選手が呼び出されていたそうだ。検査結果は待つまでもなかった。

JBBFの規約では、再検査を受けるか、薬物使用を認め罰則を受けるかを選択しなければいけない。彼は両方とも拒否した。陽性反応が公示された日から、安倍の電話が鳴り続けた。「そのどれもが、どこでアナボリック・ステロイドを手に入れたのかとか、自分も使っているのだが効果が思わしくないという相談でした。ダイレクトにステロイドを売ってくれという要望も多かったです」多い日には六○件もの問い合わせがあったという。以降三か月ほどの間、電話が断続的にあった。「ほとんどが興味本位の電話でした。みんなアナボリック・ステロイドを服用しさえすれば、大きな身体になれると思っている。でもそんな人に、ステロイドを操れるわけがない 結婚を機に運動機器の輸入販売を手掛ける会社のサラリーマンとなった安倍だが、やがてこの会社も去ることになる。「九八年には会社の新事業として都内にスポーツクラブが作られ、自分はマネージャーを任されたのですが・・・・・・」

結果として、マネージメントの仕事はボディビルのように首尾よく行かなかったようだ。スポーツジムの運営は行き詰まり、給料の遅配などが重なった安倍は辞職した。「現在は一五人ほどのクライアントを抱えて、都内のボディビルジムでウエイトトレーニングやコンディショニングの個人指導をしています。サラリーマン時代の年収は600万円ほどでしたが、今もその程度は確保しています」 安倍にとって大きな支出となるのは、やはり肉体に投資する費用だ。 「ビタミン剤やクレアチンなどに四キロほど使いますから、だ のサプリメント代が月に一万円くらい。プロテインパウダーは一か月いたい二万円くらいですね。これに加えて一日平均5,000カロリーを目安にしている食費もバカになりません。エンゲル係数はかなり高い方だと思います」アナポリック・ステロイドにかける費用は年間一五万円ほどだ。「確かに筋肉にかける経費が月に4万円というのは大きな出費だと思います。

だけど自分は外で酒を飲むわけでも、博打をするわけでもありませんから。この支出は妻も納得してくれています」アメリカのボディビル専門誌「アイアンマン」には、スティーヴ・ホルマンによる匿名プロビルダーへのインタビュー記事が掲載されている。この唐名ビルダーは、ステロイドや成長ホルモンなどのドーピングを告白している。「成長ホルモンだけで一年間に三万ドルを費やした。その他のドラッグをあわせると約六万ドルだ。でも何種類ものステロイドはそれほど(金銭的に)大きな問題じゃない。

自分はたくさんのステロイドを使ったが、誰だって安価でステロイドを買うことができるんだ」安倍はまだまだ筋肉の大きさを追い求めるつもりだという。もちろん薬物も使い続けている。今は経口剤だけでなく、脂溶性のアンプルも併用中だ。

「一年のうち七か月ほどを、筋肉をつけるバルクアップ期として、サタスノン、テストバイロン、ダイアナボル、ノルバレックスなどのステロイドを使用しています。健康のためステロイドを摂取しない期間もあるのですが、そのときもHCGやプロミットといった男性ホルモンの分泌を促す薬を服用します。コンテスト前にはプリムボランやウインストロールといった比較的薬効の弱いステロイドに代えるほか、プロピオン酸テストステロン、アンデカン酸テストステロンといった男性ホルモンが早く体外に排出されるものを使う場合もあります」これらのステロイド類は、安倍が独自に学習した綿密なスケジュールと組み合わせによって成り立つ。

その詳細に関しては「企業秘密、ということにしておいてください」ということだ。膨大かつ多岐にわたる薬物の入手経路は、国内の闇ディーラーや薬局の横流しから、インターネットによる合法的な、取得へと変化している。

回春剤のバイアグラと同様、個人利用という名目なら、二か月分相当の薬物が処方等なしで手に入るらしい。安倍によると、アナボリック・ステロイドの供給源として最も信頼すべきマーケットは、もはやアメリカではなくオーストラリアや欧州各国、タイなどだという。「シドニー五輪をクリーン・オリンピックにする、と息巻くわりにはオーストラリアの国内に流通するドーピング薬物や麻薬類の実態は凄まじいようです。ステロイドに関しては、さすがにこのところ官憲の目がインターネットにも光るようになりましたが、ニュージーランド経由でアクセスすれば簡単に手に入ります」できればアナポリック・ステロイド以上の効果が実証されている、成長ホルモンも試してみたいところだ。

しかし成長ホルモンは、六週間といわれるワンサイクルで60万円近い費用がかかるという。これでは値段が高くてとても手が出ない。彼はアメリカでプロになる夢を、現実化させようとしている。これまでも日本人を含めて、東洋系のプロビルダーは数人いたが、誰もトップコンペティターとして活躍はしていない。安倍はその壁を打破すべく、九八年にはアメリカで「ローカルコンテストだが、日本でいうとミスター東京に匹敵するハイレべルな大会」に出場しクラス優勝、オーバーオール二位という成績をあげた。彼に限らず、 九○年代に入ってからは、ぼつぼつとだが日本人ビルダーがアメリカのコンテストに参加し優秀な成績を収めている。

「最近、アメリカ以外の国の大会で優勝しても1FBBプロビルダーの資格を得られることがわかりました。特にスペインやオーストラリアは自国民以外の出場も認めているようですから、そういった国の大会に出場することも考えています」しかし、あるボディビル関係者は、「海外で勝っている日本人ビルダーは、ほとんどが筋肉のバランスとシンメトリーを評価されている。安倍君のような、筋肉の大きさと厚みで勝負するタイプは、アメリカにもゴロゴロいるだけにプロになるのは難しいんじゃないか」と話す。また別の関係者は「IFBBでプロになるというのは、IFBBの広告マンになるのと同じだ。

日本人のプロが必要とIFBBが判断したら、すぐにでも声がかかるだろう。そのためには、アメリカでの成績も重要が、生活の基盤をアメリカに移すことが先決だね」と語った。安倍が自ら設定した、筋肉が爆発的に成長を続ける期限まで猫予は少ない。彼は残された時間で、一気に勝負を懸けるつもりでいる。IFBBがアメリカで開催する大会で実質的にドーピング検査は行われない。無論、プロを目指す以上はドーピングでもアメリカ人ビルダー並みの量を使用することなるだろう。焦りと自信が交差する不思議な気持ちの毎日だ。ボディビルに適進する一方で、安倍は、ここ数年ほとんど郷里に帰っていない。筋肉肥大に価値を見出せぬ両親とは、話すことなどないからだ。安倍の妻は子供を欲しがっている。

彼は、子宝に恵まれているプロビルダーも多いことから、アナボリック・ステロイドが不妊の原因になるとは思っていない。だが一般的な意味での家庭の幸福など、果たして自分に必要かという疑念は強い。結婚したことで生活に広がりができたとは思うが、余計なものを背負い込んだという気持ちが撃げることもある。「人間が入手し得る最高の筋肉を身につけたい。もしそれが叶ったら:それ以上の幸せはありませんが、後はそれを維持するか、衰退の速度を緩やかにする努力をするだけでしょうね。

だけど自分は、そこから先は考えないことにしています。想像できないんじゃなくて、想像しない。そんなこと、考えても仕方ないじゃないですか」彼は完璧な筋肉が完成する日を待ち住びるのではなく、自らの力で引き寄せるつもりだ。「自分の行動は自分の手で完遂する。人生も同じだと思っています」自ら異形の道を選択した者に退路はないー彼は、こう平然と言ってのけた。

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